先日アップした「しょーもない完璧主義」の
「後編」です。

前編では、
いかに私が(無駄に)完璧主義なところがあるか、
ってことと、

とはいえ、それも子育ての日々の中で
否応なしに打ちのめされ、随分丸くなったよ、
ってことと、

それなのに、先日、
染み付いた完璧主義がまだまだ残ってることに気付いて
笑うしかなかったよ、ってことを書きました。


今日は、その気付くキッカケとなった出来事を書きます。
子ども達のお風呂にまつわる出来事です。


おそらく子育て中の家庭では、どこもそれぞれに、
ボトルネックがあると思います。
(いつもいつも同じことで揉める、的な)
我が家は、まさにお風呂がソレ!

夕飯後、一息ついてからお風呂に入って寝る、
というのが、我が家のスケジュールだったのですが、
その「一息」の間に遊び始めると、
なかなか切り替えが効かない我が子達(上2人)。

「お風呂」を行動に移すことに、
それはもう時間がかかるのです。
入ろうと声かけ始めて、実際に全裸でお風呂場にいる、
という状態までに、1時間かかるとかザラ。
大げさでなく。

優しく言おうが、
「○時になったら」と約束しようが、
爆発して怒鳴ろうが、
なんだかんだ、あーだこーだと切り替えがつかず、

しかも、ようやく脱衣所に入ったと思ったら、
またそこから追いかけっこだの、
服を頭に引っ掛けてのお化けごっこだのが始まり、
しまいには、「トイレ〜」と駆けていって、
戻ってこないと思ったらトイレでまた遊んでる、という具合。
消臭剤の粒でゲラゲラ笑ってるとか。(謎)

もう好きにさせよう…、と、
私とツグだけ先に入ったこともあったんだけれど、
そうすると、遊びが落ち着く頃には、
2人とも眠くなっていて、
急激に機嫌が悪くなり、そこからグダグダ。

結果、3人全員がグズってるか泣いてるという状況の中、
私が声を荒げまくって、
孤軍奮闘することになってしまい、
もういっぱいいっぱいになるのです。

だから、何とか眠くなる前にお風呂に入れたい!と
また翌日から頑張ることになる。
「お風呂に入る」というただそれだけなのに
「あれ?デジャヴかな?」と思うくらい、
毎日同じことの繰り返しでゲッソリ・・。

更には、入ったら入ったで、
そこからまた遊びが始まり、
髪洗うよー、身体洗うよー、ホラーっ!!と
もうひとバトルありまして・・・

この悩みと、かれこれもう長いこと
格闘していた私でした。
それに、お風呂が遅い=寝る時間も遅い、
というのも派生した悩みでして。


ところが、先日。
それはもう蒸し暑い日。

泥んこ幼稚園で泥だらけになったキュンタロウと、
抱っこ紐でお互いに汗だくになった私とツグと、
3人で帰宅して、さすがにそのままシャワーへ直行!

泥と汗を洗い流すついでに、
髪も身体もザーッと洗ってしまい、
「もうお風呂に入らなくていいね!」と
お風呂から出た日がありました。

ほどなくして一番上の娘も小学校から帰宅。
「ママ達さっき先にシャワーしちゃったから、
 みはもシャワー浴びてきたら?」と勧めたら、
「そうだね!汗だらけだしね!」と
あっさりシャワーへ行き、ササッと洗って出てきます。


その後、いつも通り夕飯を食べて、
ハタと気づきました。

「は!今日はもうお風呂がないんだ!」と。

娘もこう言います。
「ママー、もうお風呂が終わってて楽だねー!
 少し遊んだらもう寝れるねー!」と。

そして、本当に、30分ほど遊んだら、
「眠いから寝るー」と寝てしまいました。

遊び相手を失ったキュンタロウも、
一人で少し遊ぶものの、
すぐに「ママもう寝よーよー」と言います。
そして、寝かしにかかったら、
ツグ共々コテっと寝てしまい。

そこから、残りの家事をやったら、
一人時間すら持てた。


・・・あれ????


前日までが嘘のようにスムーズ。
拍子抜けすぎて目が点の私です。

それで翌日や翌々日も同じようにやってみたら、
やっぱりスムーズ・・!!

しかも、早寝してくれるものだから、
翌朝も自然と早起きだし、
機嫌も良くて、何かとやりやすい。

「もう少し早く登園してもらえたら助かります〜」なんて
先生にチクっと言われたこともある我が家ですが(苦笑)、
早起きになったら、登園も早くできた。

そして、子供が増えて以来、
本を読んであげる時間が取れないと
ちょっと気になってたのも、
夕飯後のまったり遊び時間に読んであげることができ、
穏やかにベッドに入れたりとか。

夕飯後、「あとは寝るだけ」というのが
こんなに心のゆとりにつながるとは、
思いもしませんでした。

遅寝に罪悪感を感じずにもいられるし。

・・・
なんか、ほんとにほんとに
いいことしかない!!


「帰宅後、すぐにお風呂を済ませる。」
これをやっただけなのに、
すべてがこんなに違ってくるなんて。
嘘のようでした。


そして、当然思うわけです。
「なんで今までこうしなかったんだろう…」と。


実は、このお風呂問題と長く戦っていた私は、
子どもの寝る時間が早いという友達に、
いつもどうしているか尋ねたことがあり、
確かにその子が言ってたんです。

「園から帰ってきたら、まずお風呂」と。
そのために、帰宅時間に合わせたお風呂予約を
朝のうちにしておくと。


それを聞いた当時の私は、思いました。

「なるほど、確かに、それも手かも。
 でもなあ・・・」と。

思考としては、こんな感じ↓

お風呂後に夕飯にすると、
また夕飯でこぼしたり汚したりするもんなー。
そしたらもう一回洗うの手間だなあ。

帰宅から寝るまでに
4・5時間くらいあるよね。
またそこから汗かいたりしないかな。
やっぱり寝る前がいい気も。

身体が温まった方がよく眠れるっていうし・・・。
etc.

そんなこんなで、「先にお風呂」案を、
取り入れずにここまで来たのです。


しかし。先日、
これらの却下理由を、改めて振り返って、
ただただ苦笑いでした。

これぞまさに、染み付いた
完璧主義と最上志向の典型例じゃないかと。


せっかくお風呂に入るのだから。
↓↓
どうせなら、一回で効率的に済ませたい。
どうせなら、1日の汚れを最後に全部落としたい。
どうせなら、より良い眠りにつなげたい。


的な・・・苦笑。


1回で効率的に済ませたい?
何言っちゃってんの?

もし食べこぼしたら拭けばいい。
拭くで済まないなら、サッと洗って、着替えればいい。
子どもだって不快を伴うから、
そこそこ素直に応じるだろうし、
きっと所要時間も10分程度では?
かたや、夕飯後にお風呂に追い立てるのに1時間だよ?


1日の全部の汚れを落としたい?
笑っちゃうZE。

仮に4・5時間あるとしても、
その間で出る垢なんてたかが知れてるだろーっ
しかも、先にお風呂を済ませることで、
夕飯から寝るまでの時間も短くなって、
実際は4・5時間もなかったよ。


より良い眠りにつなげたい?
・・・もう呆れるったら・・・。笑
むしろ遅寝遅起きの方が、
眠りの質としても、成長のためにも良くないよね。
体が温まる効果…。チーン。


以上・・
しょーもなさすぎる完璧主義。

というお話。苦笑


この完璧主義と最上志向に捉われるあまり、

ただひたすら毎日、
無限ループのような「お風呂入らない問題」と格闘し
ゲッソリ消耗してた。
きっと子ども達だって消耗してた。
私はバカかね?!と。


いや、別に、日々のお風呂の際に
「1日の汚れを落としたる!」って
鼻息荒く意識してたわけじゃないんだけれど、
かつて完璧主義をもとに判断されたまま
習慣のように残ってた「寝る前お風呂」ルール。
それに疑問を感じることなく、自然と縛られてた。


性分とか気質って強いなあ…
しかも、ほぼ無意識だから、余計に強い。

完璧主義だって、最上志向だって、
良い面もあるし、それに助けられたこともあるから、
それそのものが悪いんじゃないけども。

ただ、つい無意識レベルに染み付きすぎてることで、
良くない作用になってることもあるよね。

そんなことを思った出来事でした。

きっと他にもあるんだろうなー。あるよある。
これからちょっとそこを意識して、
少しずつ気付けることがあれば、
まるで肩の荷が下りるように、
一つ一つ楽になれるのかもしれないなと思う私でした。


子育て8年目にして
まだまだ気付くこと、呆れることだらけだわ。
育児は育自、ってよく言ったものですね。

これからも引き続き、
曇り時々晴れな子育て修行道、がんばりますー。

いや、曇り時々雨時々雷時々嵐時々晴れ、かな。笑
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このところ、イロトリドリの活動が楽しくて、
そっちばっかりやってたら、
ブログを放置しちゃってました。

しかも暑すぎて、体力消耗して、
寝落ちしてばかりの毎日。
それでなかなか書けずにいたけど、
やっとこ書きます。

先日気付いた「しょーもない完璧主義」について。



いや、昔から自覚はあったんです。
性格上、完璧主義なところがあると。


仕事も個人的なタスクも、
やるならキッチリやりたいし、

どうせなら、より美味しいものが食べたいし、
どうせなら、より沢山のものを見たいし、
どうせなら、より多くのことを経験したいし、
どうせなら、一度にまとめてやっちゃいたいし。
etc.

だから、旅行とか行くと、
つい欲張っちゃうタイプ。

「せっかくだし、ココとココとココをまわって、
 その途中で○○で名物を食べて、
 できれば、あの辺で休憩しつつ
 このエリアにも足を伸ばしたい…。
 そのためには、こう回れば効率的!」
的な。
(ええ、旅行の計画とかめっちゃ得意です。笑)

そのくせ、浮き草のような
のんびりした空気感に憧れたりもして、
(「旅先でひたすらボーッとする」みたいな)
試みたこともあるけれど、

”まったりのんびり風”を装ってても、
見たいもの食べたいものが頭をよぎったり、
「せっかくだし」的な貧乏性が勝ってしまって、
結局、動き始めちゃうんですよね。苦笑


そして、そんな典型例は旅行だけでなく、
買い物もズバリ。
気に入ったら直感で買う、みたいなのに心底憧れますが、
(まさに夫がこのタイプ。
 一緒に買い物すると、それはもう見事なまでに鮮やか)

現実では、「これいいな」と思った商品があっても、
他の店の同様の品と比べてみて、
「それでもアレがいい!」と思えないと買うに踏み切れず、
何店舗もまわって納得したいタイプ。
(夫には呆れられる)

しかも、大抵は、第一印象のものを買うことが多いくせに、
その経験を重ねてもなお、
やっぱり念のため他を見たくなるんだから、
もう性格としか言いようがないのです。
「もっと理想的なのがあるかも」という最上志向から
逃れられないんですよね。

我ながら厄介というか、手間がかかるというか。
時々嫌になることもあります。苦笑


・・・
そんな私ですが、
子どもが産まれて以降、
その完璧主義や最上志向にも変化が。
というか、変化せざるを得ませんでした。

容赦なく次々と押し寄せる
我が子の本能的欲求の数々と
圧倒的な論理の通じなさを前に、
”私の理想のやり方”なぞ、
コテンパンに叩きのめされまして。


本当はこの方がどう考えったて効率もいいし、
結果も良いだろうとわかっていながら、

子どものペースや
(近道だけど急な道より、結構遠回りだけど楽な道を選ぶとか)
子どもの機嫌や
(絶対こうじゃなきゃヤダと喚くから、
 良くない結果を招くとわかりつつ仕方なくやらせるとか)
子どもの緊急性などなど
(おしっこ漏れる!とか、転んだ!とか)

そんなんに付き合っていると
効率なんてそっちのけになることばかり。

より良い結果を目指すより、
惨事にならないところで手を打つことを
選ぶ場面ばかり。笑

そんな日々の中で、
「きっちりやりたい」
「できる限りベストを目指す」的な志向は
否応ナシに丸くなっていき、
徐々に徐々に諦めることとなりました。

今では、
「これくらいやれれば、もう御の字!」
「ベストでなく、そこそこで手を打っても、
 想像以上に満足度って高いものだ。」
「たとえ思うようにできなくても、
 とりあえずやってみることに価値があるさ」
みたいな思考も、日常に根付くようになりまして。

いやー、ほんと、ここまでよくやってきた!

もちろん、叩きのめされる過程では、
それまでの馴染んできた価値観を
曲げなければならないことに
随分モヤモヤ・イライラと葛藤したものですが、

今となっては、結果的に
生きるのが楽になった気もしていて、
むしろ今の方が好きだったりします。


そんなこんなで、
随分と完璧主義を手放したつもりの私でした。

私でした。



・・・が!


性分とは恐ろしいもので、
先日、無意識にもまだガッツリ残っていた完璧主義に
気づく出来事があり、
その染み付き具合に苦笑いをしたのです。

あまりにもしょーもない完璧主義。


そして、それをやめてみたら、
呆れるほどに色々うまくまわるようになって、
「なんで今までやらなかったんだろう」と
口があんぐりだった話。

その出来事をブログに書こうと思い、
書き始めたのですが、もう既にここまでで、
いつもの長さになってしもうた・・。苦笑


というわけで、
前編と後編に分けようかな。笑
(というわけで、タイトルに-前編-と付けてみる)

なんかいつも、全部書き切ってから
アップしようと思うから、
なかなかアップできないという現実もあるし。

前編は、私の完璧主義のただの紹介みたいに
なっちゃったけども。苦笑


世の皆さんの中には、
旅先で本当に心からボーッと過ごせたり、
買い物で直感のままに買ったりできる人も
いるんだよね。

それ、なんか羨ましいなあ、
なんて思っている3連休初日でした。

しょーもない出来事の後編も、
3連休中に書けますように!
今年の一月に、
「家計再生元年」というブログを書きました。

「見て見ぬふり」「臭いものに蓋」を
何年も続けてきた家計に、思い切って
メスを入れる決意をした時のものです。
ツグも生まれたことだし、さすがにもう逃げられない、と
腹をくくりまして。
(何事も追い詰められないとできない派)

ただ、メスを入れる、…と言っても、
自分でやるのでは客観的にもなれないし、
何より面倒だし、またも先送りにしそうなので、
元FPという人脈を頼りに、
FPさんを交えて家計再生に臨んだ私。

その第1回コンサルの感想は、
家計再生元年」の時にも書いたので、
今日は「その後どうなった?」の話を。

あれから約半年弱。
大きく変化のあった3点について
レポートしてまいります!笑


1)まずは何と言ってもコレ。

これまで何にいくらくらい使っていたか、
大体の把握ができたことで
(使途不明金、多すぎ!と判明したことで)苦笑
無頓着に使いすぎていた部分をさすがに修正。
主に、週末レジャーや外食などの+α部分を、
ざっくりと予算で考えるようになりました。
逆に「ここは削れないから仕方ない」という
必要な出費には前向きに。

なんかねー、スッキリしてるんですよ。
お金に関する気持ちが。予想以上に。

実は、メスを入れる前は、
「お金を細かく管理することになったら面倒だな」とか、
「気持ちのゆとりが狭くなるかな」とか、
そんな心配をしていたんですが、

私に関して言えば、実際には逆だった。
むしろ、基準がハッキリしたことで、
使うにもやめとくにも、気が楽に。

まあ、1円単位で収支を合わそう!とか
予算もきっちり厳密に!みたいに、
トコトンやるなら話は別ですが・・・、

私の場合は、月単位や年単位で、
「これにこれくらいは必ずかかる、
 逆に、年間の収入からいうと、
 これにはこれくらいしか使えない」
というのが見えたことで、
「その大まかな範囲内で融通を利かせながら使う」
というやり方を取り入れ、
厳密にはやらずに、大体の上限は守る、
みたいな形にしてみました。
その程度の管理なら、気楽なものです。

考えてみれば、これまでは、
どんな出費についても、
「使っていいかなあ、ダメかなあ・・、
でも、いいか!必要よね!うんうん!」的な感じで(笑)、
良くも悪くも、開き直ってやってきて、
心のどこかに微妙なストレスを抱えてたので、
そんなモヤモヤ感との決別が
思いの外、効果が大きくて。

とにかく、必要なものには、
スッキリスパッと払って感謝完結!
迷うものは、”ザックリ予算”と相談して判断!
無頓着な使い方だけは、あらためる。

そんな感じで、気持ちはとってもスッキリなう、です。

しかも、ちょっと気持ちが整ってきたら、
「日頃の使い方を記録でもしてみるか」
みたいな気持ちにもなってきて、
(我ながら驚愕)
4月下旬から家計簿アプリで、日々の出費を
これまたザックリ、記録したりしてます。

「データをきちんと集計して、グラフ化して・・」
とか思うと、またハードル上がるので、
まずは単純に記録から。

そのうち、また気持ちが整ったら(笑)
そのデータをまとめて見直したりしたいな、と。
(いつになるやら。)

とにかく、一歩ずつ一歩ずつ、
亀の歩みながら、家計を再生できてる感です。
まだ貯蓄ペースがつかめてませんが。苦笑
(そこ大事やろ!)
ガンバリマス。


2)続きまして、次のトピックス。

--------
「鈴木家、保険の保障額が足りなくて、
今、夫に万一の事態があれば、
子供と私、早々に路頭に迷うぜ!!」
--------
てな事態を回避しました・・。

住宅ローンの団信もあるから、
万一夫が亡くなっても家は残るし、
既存の保険でもそこそこカバーしてるし、
正直、保険についてはそんなに心配ない、
と思っていた私、スットコドッコイ。

先々の支出予測や、遺族年金などのデータをもとに
必要な保障額を割り出してもらったら、
とんでもなく足りない。。

とは言っても、単に保険を増やす、
というのは、今の家計上ちょっと負担だったので、
既存の保険の少し厚すぎた分野を削り、
逆に足りない分野に保険料を回した次第。
つまり、ほぼ変わらぬ保険料で、
内容をアップデートできました。

保険って、かければかけるほど安心ではあるけど、
じゃあ、多くかけるのがいいのか?というと
それまた微妙なところで。
(私が現職FPだった頃も、この天秤には頭を悩ませてた気が…)
価値観や家族状況との兼ね合いもあるから、
絶対の正解は難しいけれど、とにかく、
その時々の家庭にとって、納得のいくバランスになるよう
時折整えることは大事だなと感じたところです。

ま、とにかく、夫の人間ドックが本格的に始まる前に、
保険を見直せて良かった…。
(不摂生な夫。そろそろ人間ドックで何か出そうなので。苦笑)


3)最後に・・・
これは、メリットでもあり、ある種デメリットでもあり、
でも最終的にはやっぱりメリットだった、
と思っている点なのですが。

とにかく、家庭内のお金の膿を出し切った!!!

これが、今回の隠れた成果かもしれません。


いやね、正当化するようですがね、笑
過去にも、お金のことをちゃんとしようと
よぎったことは何度もあったし、
実際、着手したことも何度かあったんです。
家計に関する本を読んで、実践を試みてみたり。

でも、
家計のことに手を付け始めると、
毎度毎度、夫とケンカになりまして。

やっぱり、お金って、たとえ家族であっても
ナイーブな部分だから、
お互い嫌な部分を突かれることにもなるし、
何かと我慢みたいな話になりやすいし、

しかも、お金のことってやり始めると結構面倒で、
手間がかかったりするものだから、
そんな私の手間に対して、
夫に理解のない対応をされたりすると、
(面倒くさそうにされるとか、イチイチ渋られるとか)
私がブチ切れて、大ゲンカになったり・・。

そんなこんなで、
「結局、疲れただけだった…」とか
「こんなに疲弊してまでやることない!」とか、
そんな気持ちで諦めたり、
或いは、やり始めたものを中途半端にしたりして、
ここまで来たわけです。

でも。
今回は、心に決めていました。
何が何でも、キリが付くまでやる!と。

今までは途中でやめたから、
「疲弊しただけ」という結果だったけど、
今回こそはFPさんを付けて一通りやりきれば、
きっと違う結果が見えるはず!と、
ただ盲目的に自分を過信して。笑
そのために、多少の手間は私が負う!と。
(偉いなー、偉すぎるなー私)

その結果。

もちろん、今回も例外にもれず、
夫とケンカしまくりました。

でも、でも、そこでめげなかった!

「お金の話を、何度もするのはストレスだから、
 もうこの先に、また同じ話で揉めないよう
 今、面倒がらずにちゃんとしよう」と。
「今やめたら、近い将来、またイチから
 同じストレスをやり直すことになる。
 それは避けよう」と。
自分にも夫にも言い聞かせて。

そして、2人で家計の現状や将来に目を向け、
"ザックリ予算"のことも、保険のことも、
ローンのことも、話をしました。

もちろん、お互いが冷静に和やかに意見を出し合う、
なーーんて理想的な話し合いとは程遠いけれど、
(度々私がキレたり、夫が不機嫌になったり)

でも、ケンカしながらも何度も話す中で、
一通りのトピックを話し切り、
保険は見直し終わり、家計や貯蓄についても、
「こんな形で、しばらくはやってみよう」という
一応の方向性を共有できた。


過去の言い争いの経験からか、
当初、お金の話にはかなり後ろ向きだった夫も、
きちんと目に見える形で現状やデータが見えてくれば、
徐々に、心のシャッターを開け、
話に応じる姿勢を見せ、理解も示してくれた。

(いや、以前はですね
 「そもそも家計っていう家族の話なのに
 何シャッター下ろしとんねん!」というところに
 私がキレて、何も進まなかったんです。

 今でもそう思うけど(笑)、何も進まなくては仕方ないと、
 今回は割り切って、とにかくめげずに進めた私。
 偉いなー、偉すぎるなー私。笑)


そんなわけで、家庭のお金の膿や火種や不安を
とにかく投げ出さずに出し切って、
夫婦でスタートライン?的なものに立てたことが、
何よりの隠れ成果だった気がしています。


・・・というわけで!
以上、3点。
鈴木家の変化をお伝えしてまいりました。
いかがでしたでしょうか?笑


今回、実際にFPさんと一緒にやったのは、
ブラックボックスだった
家計の現状の確認面談と、

家計の年表を作成してもらうべく、
必要な情報や夫婦の考えを提供したりしたことと、

出来上がった年表の解説や、
特に課題となる点についての
フィードバック面談を受けたことと、

その対応策として、
保険の見直しやローンの借り換えなどの
相談をしたこと。

そんな流れです。

実際にFPさんと会っていた時間は、
計3回の数時間程度だったかもしれません。

でも、それをきっかけに、
表面的ではない根本的な変化の種が
鈴木家に芽吹いてきた気がしてますーー。涙
やっただけのことはあったYO。
がんばったー!


というわけで、
このスタートラインが、
僅かずつでも軌道に乗るように。
大きくは(笑)後退せぬように。

引き続き、ざっくり、ゆっくり、前向きに。
がんばってみる所存です!


追伸:前回も書きましたが、
やっぱりFPって必要だな、
相談できるといいな、と実感してるので、
もし良いFPさんが身近にいない、って方がいたら
紹介します。(^^)

金融知識という点でも助かるのだけど
それ以前に、第三者を交えるという冷静さや、
「この日までに確認しなきゃ」的な
締め切り効果により事態が進む、
ということが、まず何より。

今回担当してもらったのは、
私がFPをしてた時の同僚で、
その後独立して事務所を構えた方。

どんなFPさんかは、
前回のブログに紹介してるので
もし興味のある方がいたら
コメントか個別に連絡ください!
(LINEやFacebookメッセージでも)

前回も結構連絡があり、
何名か紹介して、その中の数人は、
↑の私のように、膿を出す最中のようでした。
がんばれー!!
日一日とツグ氏が大きくなってゆきます。
つい1週間ほど前に、6ヶ月を迎えたツグ。

あーついに、ハーフバースデーなるものを
祝うことは、3人ともになかったな。
”大人の事情で作り上げられたイベント感”に
馴染めない、ひねくれた私。笑

あと、第一子の時には、
「ついに半年まで来た!」と嬉しかった6ヶ月も、
第三子ともなると、
「もう赤ちゃんの半分が終わってしまった…」と
誇張抜きに寂しくて、
もはや祝うというより切なさが勝る状態。

身体も表情も空気も…何もかもが柔らかい
赤子特有のこの状態でずっといてもらえないものかと、
心から思っている今なのです。

そんな私ですから、
あらためて言うまでもなく、
ツグは、ただただ可愛い。
泣いても、夜中の授乳があっても、ただ可愛い。
それは、本当の本当に本音です。


ただ、今でこそこうですが、
ツグを妊娠した時は手放しに喜べず、
不安と戸惑いと罪悪感とで、視界が暗かった私。
その時のことは、ブログにも思い切って書きました。

でも、妊娠を徐々に徐々に受け入れていく中で、
それこそ多くの人にかけてもらったのが
こんな言葉です。

「心配いらないよ、孫のように可愛いから!」
「大丈夫よ、三番目はもはや孫って言うじゃない。」etc.

それらの言葉は、大きな安心材料として、
私を支えてくれましたが、

その一方で、
「第三子は孫のよう」という言葉が
もはや慣用句化している気もしていて、
ある種、決まり文句のようなものかなぁという気持ちも
正直どこかにあったのです。
「病気だ」と言えば「お大事に」と反射的に言うような…。


そして、まさに「第三子」を目の前にした今、
その真相を個人的に表してみるならば、

「確かに孫かもしれない・・」
という感覚がしています。


ま、極端な話、
まだ孫は持ったことないわけで、笑
孫を持つ人の気持ちは推測しかできませんが、

孫という存在の可愛さがどこから来るのかを
私なりに想像すると、

--------------
自分に直接の責任はないけれど、
血は繋がっていて、しかも、
過ぎ去った子育ての尊さや幸せを思い起こさせてくれる
---------------

というところに
その可愛さの源があるのかな、と思うんです。


・・・だとすれば、
確かに、ツグに当てはまる・・。

ま、”直接の責任”は私や夫にありますが(苦笑)、
でも、
「過ぎ去った子育ての尊さや幸せを思い起こさせてくれる」
・・・この点においては、
まさにその通り。


いや、私は子育ての渦中も渦中にいて、笑
まったくもって”過ぎ去っ”てはいないけれど、

過去、上2人が赤ちゃんだった頃には、
ゆっくり味わう余裕もなかったような
(或いは、それが貴重だと知る由もなかったような)
そんな、小さな小さな赤ちゃんらしさの数々に、
今、度々ふわーと包まれております。


例えば、おっぱいを飲み終わって
満腹で眠りについた時の、
ぶしゅーとつぶれたような唇の形とか、

寝るか寝ないかの瀬戸際にいる時の
白目のような状態とか、

嬉しそうに興奮している時の、
「ハウッ、フグッ、ハウッ」という短い呼吸&
ばたつく手足とか、

抱っこをすれば、体重も頬も柔らかなこぶしも、
全てをクタッと預けてくる感じとか、

歯のない笑顔の口元とか・・・。

挙げればキリはありません。

しまいに私は、
授乳期特有のあの甘酸っぱい「大」の匂いが、
むしろ良い香りに思えてきて、笑
敢えて嗅ぎたいとすら思っているほど。(重症)


思えば、一人目の時は、
とにかく全てが初めてで気負いもあり、
「可愛い」のは間違いないにせよ、
どこか切迫した必死さと背中合わせでした。

良いことにも不安なことにも、
その両方に、とても敏感な必死さ。
もちろん、その感性だったからこそ感じられた
子育ての醍醐味も必ずあったと思ってます。

でも、今のツグに対する心持ちや可愛さと、
一番上の娘が赤ちゃんだった頃の心持ちや可愛さは
全く別物な気がするのです。


そして、二番目が赤ちゃんの頃。
こちらは、一人目の時と違って、
経験者であるという、心強さがありました。
だから、二番目に対しては、
↑で例に挙げたような可愛さを、
それなりに感じていたと思うんです。

ただ、今と何が違うかというと、
子どもが1→2に増えたという新ステージに
とにかくてんやわんやだったこと。

赤子に十分に構えないもどかしさ、
上の子に優しくしたいのにできない自己嫌悪、
2人の子どもが常に自分にベクトルを向けてくるため、
優先順位が混乱しっぱなしで、
いつもいつも、いっぱいいっぱい。

だから、二番目に癒されつつも、
「このキャパオーバーな感じがいつまで続くのか」と
長いトンネルのような気持ちも共存していました。
夫との諍いも増え、イライラも徒労感も倍増。

そんな境遇の中で、やはり、
今ほどの赤子堪能はできなかったように思うのです。


そして今。

子どもが2→3に増えたのは新ステージではありますが、
1→2のテンパリ度に比べたら、
おや…?なんだかだいぶ軽い…?
「2人も3人も一緒よー!」と言っていた人の気持ちが、
ほんのりわかる気がするほどです。
いや、ほんのりですよ、ほんのり。
決して一緒ではありません(笑)。

まぁ考えてみれば、赤ちゃんも初めてではなく、
子どもが複数という状態も初めてではなく、
更に、一番上はそれなりに年齢が上がっているので
だいぶ手が離れてきていて、
しかも、1と2が一緒に遊ぶことも多いことから、
子ども達のベクトルが自分に常時集中するわけでもない。

もちろん、3人ゆえ、
単純に手が足りない、とか、物理的にどうしようもない、
という白目な事態は今の方が多いし、
イライラもMAXだったりするのだけど、

でも、あの「長いトンネル感」が薄い。

「何とかなることがなんとなくわかっている」
ということが、これほどに自分を支えるとは
思いませんでした。

子育てにおける一番の不安やストレスの素は、
先が読めないこと、自分にとっての先例がないこと、
じゃないかと思うんです。
そういう意味では、
1→2より、2→3の方がメンタルはずっと楽かもしれない。


つまり、そんな今だからこそ、
「赤ちゃん」という存在の貴重さと可愛さが
日々、胸に沁み渡ります。

「赤ちゃんって、こんなに可愛かったんだな…」

それは確かに知っていたはずのことだったのに、
私が知っていた以上の比重で、
本能に迫ってくる感覚がするのです。

可愛くて仕方がない・・。


もちろん、この可愛さは、
上で書いたような、
心のゆとりだけから来るものではなく、

物理的に日頃あまり構えないという罪悪感が
更に可愛さを倍増させていたり、

ツグ本人が、3番目ゆえなのか、
あまり神経質な気質ではなく、
どっしりとにこやかな質だからこそでもあったり、
(赤子界の神対応、と思うこともある)

何より私が、人に頼る術や
「もうこれは仕方ない」と手放す術、
「まーいいじゃん!」と自分を甘やかす術を
以前より学んだという事情もあったり、

そんな諸々の複合的な背景により、
「可愛くて仕方ない」ということではありますが、

--------------------
「第三子は孫のよう」とは本当か?
--------------------
という問いに、一旦答えを出すとするならば。

今のところ「孫のよう」と言えそうです。


あくまでも「今のところ」というのが
ミソですけれども。苦笑


その内、どんどん動くようになり、
姉兄に早くから鍛えられて、
やんちゃ全盛になった日には、
このブログを撤回したくなるかもしれません。
「あの日の無知な発言を撤回します!」と。
(現に友人にそんな経験をした子がいる。笑)

でも、今、この瞬間には、
間違いなくこんな風に君を思っているよ、という
この今の私の心持ちを、
こうして残しておければ、と思って
このブログを書きました。


そして、これを書いている間も、
私の横でバウンサーを自ら足で動かしながら、
ニコニコ揺れて眠そうなツグ。

五月の午後の陽だまりの中。
ああ、なんて柔らかな光景なんだろう。

・・・・
ツグ、いつもごめんね。
ありがとう。
不安もまだまだあるけれど、
君が生まれてきてくれて良かったと、
母は今、確かに思っています。

満腹で眠ったツグ 
↑飲み終えて満腹で眠ったツグ

toiletのベビーチェアのツグ 
↑toiletのベビーチェアに
初めて座らせたら嬉しそうの図
やっと書きます、チアの話。

遡ってみると前回チアの話を書いたのは、
約7ヶ月も前のコレ↓でした。

『I'm proud of you!!
〜チア・再び最後列からの挑戦〜』

年長のみは嬢が、
一足早く小学生クラスに上がった時の話。

1mmも迷うことなく上を向く決断をした娘を
誇りに思ったものですが、
上がってからの半年、
やはり、娘にとってはどこかスランプのような
半年だったように思います。


あどけない可愛さも
半分?は認められていた幼児クラスと違って、
急にちゃんとしたチアのスキルを
身につける必要に迫られた小学生クラス。

毎週のレッスンでも、
柔軟や体幹のストレッチが
半分以上を占めることも多々だったため、
それだけでスタミナ切れし、
集中力も途切れ、レッスン後半には
笑顔が消えることも多くありました。

加えてフォーメーションの移動も
少し難しくなったり。
踊りながら、斜めに2列の整列を作り、
その2列の前後が曲に合わせて入れ替わる、
・・・などなど。

全体像を把握できていないと、
自分がどう動けば正解なのかわからないのです。
でも、全体像を俯瞰的に(鳥の目で)把握する、
というのが、まだなかなか難しい。

更に、幼児クラスの頃までは
こまめにサポートできていた私も
妊娠後期&出産直後の期間で、
レッスンに付き添えないこともあり、
細かなフォローの難しかった半年でもありました。

大会前などは、レッスンも厳しくなり、
怒られながら、体で覚え、感覚で覚え、
何とかついていっている様子・・・。


幼児クラスの頃の
「ただただ楽しくて、少しずつ上手くなって、
 センターもやれて、ご満悦!」
だった立場から一転、

単に楽しいだけじゃない、
うまくいかない、
レッスンきつい!、
自信が持てない…、
つい萎縮してしまう、
そんな感覚を味わった半年だったろうと思います。


時折レッスンに付き添うと、
どうにも自信なさげな娘の姿が、
私も歯がゆくて。

家で何気なく踊っている時の、
ハツラツとした雰囲気を
レッスンでも取り戻してほしくて。


それで、いろんな言葉をかけました。
いろんな働きかけをしました。

自信が持てるよう、
できてる部分を伝えてみたり、
練習や柔軟を促してみたり、
フォーメーションを図にして見せてみたり。

でも、つい強く言ってしまうことで、
かえって自信を削いでしまうことも多く、
私も反省の多い半年でした。

小学生クラスになって以降
2度の大きな大会に出ましたが、
やはり、あの幼児クラスの時の
光輝くような気迫には及ばず・・・。

もちろん、本人なりに、
すごく大会を楽しんでいましたし、
本当によく頑張ったことは間違いないのです。

ただ、どこか突き抜けられない様子に見えた
娘なのでした。



でも、そんな娘も、
新年度になって、ようやくようやく
一皮向けたような気がしています。

思うにキッカケは3つ。


まず1つ目は、昨年度の締めくくりとして
春休みに行われたチームの発表会。

本格的な大会出場と違って、
チーム独自のカジュアルな発表会なので、
今回初めて、幼稚園の仲良しのお友達を誘ったのです。

大事なお友達に見てもらえる、
というのが、すごく励みになったのか、
踊る楽しさを少し取り戻せたように見えました。

よく考えれば、チアって「応援」なんだから、
顔の浮かぶ誰かのために踊れたら、
それって踊る側の力にもなりますよね。
来てくれたお友達に感謝です。


2つ目は、チームが新体制になったこと。
選抜クラスに上がるメンバーが抜けたり、
幼児クラスから小学生クラスに上がってきたり、
新しく加入してきた子がいたり、と
メンバーも一新!
みは嬢の気持ちも、春らしく入れ替わったようで、
「このチームでセンターを目指すね!」と
具体的に目標を持てた様子。
その眼差しにキラキラするものが見えて、
私も嬉しくなりました。


そして3つ目は、
先月、チームメイトと一緒に見に行った
映画『チア☆ダン』。
福井県の普通の高校のチアダンス部が、
全米制覇を成し遂げた実話を映画化したものです。

いやー、チアをやらせている親としては、
涙なしには見られなかった。笑
親同士が号泣。みは嬢とお友達は
「ママ達泣いてる〜!」と笑ってましたが、
それでも、胸に響くものがあったようでした。

ちなみに、映画の中で、
「とんでもない場所にたどり着くには、
 日々の積み重ねしかない!」
みたいなセリフがあったので、
これはいい機会!と、少し話を広げてみた私。

「日々の積み重ねが、どんなにすごいかわかる?」
ってことを。


「例えば、1日にたった1分でも柔軟をしたとして
それが1ヶ月経ったら30分じゃない?
じゃあ1年経ったら?」

「365分!」

「そうそう。じゃあ、365分って、
 どれくらいの時間だと思う?
 ・・・だいたい6時間なのよ。6時間ってね、
 今日の映画を3回続けて見る間、
 ずーーーっと柔軟してるって感じ。笑」

「そんなのむりー!笑」

「だよねえ。でも1日1分に分ければ
 簡単にできそうじゃん?
 じゃあ、1日5分ならどうなるかというと…(電卓計算w)
 1年で1825分だって!!
 てことは、30時間分の柔軟になるって。
 丸一日以上、寝ずに柔軟しまくり!」

「何それー!笑」

「そうなのよ。たった5分だけでも毎日やった人と、
 やらなかった人では、1年後に
 そんだけ違ってくるのよ。
 もし1日10分なら、60時間分!」

「すごすぎ。苦笑」

「そうなのそうなの。
 それが日々の積み重ね!すごくない?」

「そっか・・・
 じゃあ、みはがんばろっかな。(しめしめ)」

みたいなやり取り。
(もはや誘導尋問。笑)

自分が35年生きてきて
全くできてないこと(=日々の積み重ね)を、
偉そうに子供に求める典型例ですね。苦笑


そして、今や「日々の積み重ね」は
まるで暗号化し、私と娘の合言葉になっています。

私「とんでもない場所にたどり着くにはー?!」
みは「ヒビノツミカサネ!!」

みたいな。笑


そんなわけで、
あの『チア☆ダン』の日以来、
本当に、ほぼ毎日、柔軟をするみは嬢です。
眠くてグズグズ言いながらでも、
GWの最中でも。

映画の広瀬すずを真似して、
壁に向かって足を上げ、
その高さのところに
マスキングテープを貼ったりしながら。


こうして、
ようやくスランプ?を脱しつつあるみは嬢。
レッスンでも笑顔が見られるようになりました。


思えば、あのスランプの時期にも、
「チアは辞めない。何が何でも続けたい。」
と言っていた娘。

このまま娘が、
その気持ちを持ち続けられたら…。
いつかとんでもない場所にたどり着かないかなあ…!
なんて、”言うは易し”な夢を
見させてもらっている母であります。


・・・とまあ、そんな皮算用はさておいて!
千里の道も一歩から。

まずはこの一年、
娘が伸びやかに晴れやかに踊れますように。
そう願うチアの日々です。


そして、私も娘を見習い、
家事も仕事も子育ても。
”ヒビノツミカサネ”、頑張らねば…(願望)!

みはチア_2017.02大会 
↑2月の大会のみは嬢

壁のマスキングテープ 
↑壁に貼り付けられていく
マスキングテープ

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