というブログを書きました。
今日は、その姉妹編。笑

「『子供が2人も3人も一緒よ!』とは本当か?」
を書こうと思います。

3人子どもがいると、よく言われるんです。

「すごいねー!」「偉いわ〜」
「大変でしょう」「私には考えられない(笑)!」
エトセトラ。

うん、わかります、めっちゃわかる。
私もまさか自分がこの立場になるまで、
3人以上子どもがいる人を見て、同じように思ってました。

そして今、「大変でしょう」と言われ、
それを否定したこともありません。
大抵は「そうなんです、大変です〜。(苦笑)」と答えます。
物理的に手が足りなくて、大変には違いなく。

でも・・・、その一方で、
「2人も3人も一緒よー!」と言ってた
Superママの気持ちも、
最近はわかる気もしているのです。


いやね、一緒じゃないんですよ。
そりゃ1人増えるわけだから、一緒なわけない。

でも、「大変」っていう言葉の響きだけだと、
なんだか、手間とか心労とかそういうマイナス面が
単純に上積みになる雰囲気があると思うんです。

けれど、実感値として言うならば、
確かに、大変さは上がりました。
でも、(ここがポイントだと思うんですが)
大変さが上がると同時に、3人によるプラス面も思いの外あった。
それをトータルして考えると、
プラス面、マイナス面が互いに相殺しあい、
現時点では、ややマイナス面(=大変さ)が優勢かな、
でも、もう数年経てば、きっとプラス面が優勢かな、
という印象を持っています。

きっと、「2人も3人も一緒よー!」と言っていたあのママも、
2人と3人の状況が同じという意味で「一緒」と言ったのではなく、
”結果的に”プラマイ効果で、
「大変さレベルが(ほぼ)一緒の地点に落ち着いている」
という意味だったのだろうなぁ、と今になって思うわけです。

今日はその辺を、
個人的にもう少し紐解いてみようと思います。


では、先に、「大変さ」にフォーカス。
3人ゆえにレベルアップした大変さを挙げてみると・・・


★真っ先に思い浮かぶのは「病気(感染症)の時」。

1人かかると他に移るのも時間の問題・・・、
日々、ピリピリ、ヒヤヒヤ。
ですが、いかんせん同じ屋根の下に暮らしてます。
気をつけても限界はあるもので、残念ながら移る可能性大。涙
そうすると、看病期間も長くなって(2週間とかあっという間に飛ぶ)、
予定のキャンセルが続いたり、
自分にも移ったり、とにかく踏んだり蹴ったり。

先日も、事実こんな状況がありまして。
この時ばかりは、どんなに3人育児のプラス面があろうとも、
「もう限界」という気持ちにもなり、疲れ果てました。苦笑
年に1・2回あるかないか、ではありますが、
あるとダメージおっきいです。


★続いて、現実的なところで・・・
「ママチャリに全員乗せられない」

これ、結構困ってます。笑
我が家は車がないですし、
しかも、この辺りのエリアは、
お店や病院、銀行、習い事の建物などにも
駐車場がないことが多く、自転車が日々の足。

なのに、1人あぶれてしまうので、
3人連れて出かけねばならぬ場合、
1番上の娘が走る or 自分の自転車で付いてくる、
または、全員で歩きや公共の交通機関、
ということになります。

ただ、自転車で行けば早いのに、
交通機関だとバスの乗り継ぎ、みたいなケースも多く、
ハッキリ言って面倒で、所要時間も倍以上。
とはいえ娘も、まだ自転車で長く走らせるには不安もあり…。
かと言って、毎回毎回タクシーもちょっと…。

そこで最近では、みは嬢またはキュンタロウを留守番させて、
残り2人を連れて自転車で用事に出ることもあります。
でも、もしそのタイミングで地震があったら…、
もし留守番の身に何か起こったら…、
逆に、もし出先の自分たちに何かトラブルがあり、
予定通り帰宅できなかったら…、などと、心配は尽きません。

もうあと1・2年、みは嬢が成長し、
そもそも3人連れて行かねばならぬような状況が減ったり、
みは嬢が自転車を乗りこなすようになったりすれば、
ほぼなくなる悩みだと思うのですが、今は結構な課題デス。


★3つ目は、まあ誰しもが思い浮かぶ事でしょう。
「自分のキャパの埋まる速度が速い」

瞬速。いや、音速。笑

特に、今我が家には、物理的に手がかかる1歳児がいるゆえ、
余計かもしれません。
とにかく、3人全員が家にいる夕方以降のワンオペ状態ともなると、
キャパは溢れまくり、常時ピリピリしてしまい…。
みは嬢にもキュンタロウにも、負担をかけていると思います。
母は家庭の太陽・・・には全くなれておらずで。。
これは、本当に日々反省。
毎日毎日「怒りすぎた」と悔いています。

でも、ある種プラス面でもあるのですが、
キャパが溢れる分、「まあいいや」と手放せる部分や、
手放さざるを得ない部分もあるので、
今は、寛容への道半ばなのだと思うようにしたら、
少し楽になりました。
きっと、この先、私の人間としての器は大きくなるはず…、笑
でも今は、常に全力疾走のフルスロットル、
意識して息抜きしないと息切れします。


★そして最後に
「目が、愛情が、行き届いているか不安」。

子どもの数が増えたら、
母の数も増えればいいのですが、
あいにく母が一人であることには変わりなく、
寂しい思いをさせているよな、という気持ちや、
愛情不足かなあ、と感じる瞬間があります。

まだまだ一番上も小学一年生。
真ん中は幼稚園。
きっと、もっともっと母に構ってもらいたいはず。

特に一番上なんて、構ってもらうどころか、
母に当てにされ、1人の戦力状態。

そして、真ん中は、
真ん中の宿命なのか、ついつい手薄になります。
何事も初めてで、何だかんだ多くの手をかける第一子、
物理的に手がかかり、ただただ可愛い第三子、
その狭間の第二子…。苦笑

時には、それぞれ一人ずつと向き合う時間を、と
意識してみたりしますが、
なかなか十分にはできていないのが現状です。

ああ、私がもう一人欲しい。
そんな風によく思います。

でも、スーパーポジティブに捉えれば、
行き届かないくらいがいい、という説もあるので、
その分、子どもたち自身の地力が育つことを信じつつ、
せめてもう少し優しく子ども達に接したいと思う
今日この頃です。


・・・以上、
まず「大変さ」にフォーカスしてみました。
あとは、子育てそのものの労力とはまた違うので、
特筆しておりませんが、経済面は、
特にこの先、間違いなく負担だと思っています。
(ここは、国や自治体がもっと支えてくれないかなあああ…涙)


では、ここからは一転「プラス面」を!
プラス面、意外とたくさんあるんです。


★よく言われる通り、「社会が生まれる」。

まだ一番下が1歳なので、実感の機会は少ないですが、
それでも「ああ、こういうことか」と思うことがあります。

例えば、2人の時は、ケンカが起こっても、
勝ち負けのどちらかの決着になります。(大抵はズル賢さで姉の勝ち…)
あるいは、私が介入して「決着」させることも多々。
でも、3人になると、
勝ちでも負けでもない決着が起こるんです。

上2人がケンカをしている時に、
何もわかってない3番目が、
トコトコとその現場に突入していき、
一瞬場が和んで臨戦モードが途切れ、なんとな〜く解決とか、

下2人がギャーギャーやっている時に、
上のお姉さんが、リーダー顔をして場を収めてくれる
ありがた〜い展開とか。(あんまりないけど。笑)

あとは、ケンカに限らずとも、
1対1ではないということは、
ベクトルの方向に多様性が出ることなんだな、と思うことが多く、
自然に様々な関わりが生まれている気がしています。
それがまさに「社会」の芽かな、と。
更に、もう少し一番下が成長すれば、この実感も多くなるはず。
そんな関わりを家庭内で経験できることは有難いことです。


★続いて、「兄弟姉妹の仲がより良くなる」
(気がする。)

今でいえば、論理の通じないミニ怪獣の一番下に、
いかに邪魔されず、壊されずに遊ぶか、
みたいなところで、上2人がよく結託をしています。

2人で話し合って、こうしようああしようと
工夫を凝らして遊ぶ姿に、
「ああ、更に仲良くなったよなあ」と思うのです。

その延長で、2人でお風呂に入ってくれたり、
私がダウンしていても2人いれば平気だったり、
時には、3番目を2人で争うように面倒を見てみたり、

やっぱり、3番目は上2人にとって、
共通の敵であり、共通の愛でる存在でもあり、
そういう共通の第三者が出現することで、
元々の2人の結束が高まったように思うのです。

あとは、もう少し先になってくれば、
下2人が男同士で組むこともあるでしょうし、
一番上と一番下がウマが合うってこともあるかもですし、
先々、色んなパターンの仲の良さがあるのだろうなあ、
と思います。

そして更に長ーーーい目で見れば、
将来的に何かが元で(コンプレックスとか)
きょうだいの誰かと誰かの関係が少々こじれたとしても、
それこそ3人いれば、誰かがそこを
気兼ねなく突っつける存在になり得るし、
年齢や性別によって、一時的に距離が開いても、
やっぱり1対1よりは、ザクっと丸っと
関係が保ちやすいような気がしているのです。
(あくまでも個人的な予想ですが)


★「自分のことは自分でやる」が当たり前になる。

いや、厳密にはまだ「当たり前」になっていませんが、
(特にキュンタロウ。笑)
でもそれでも、
現実的に私の手が回らないことは、この1年で
子ども達にも随分伝わったように思います。

例えば、小さいことで言えば、
お茶飲みたい、とか、ティッシュ取って、とか、
おかわり!のような、やろうと思えば自分でできること
(でも、手が空いてればついやってあげること)は、
「ごめん!自分でよろしく!」となります。

その他、脱いだ服は洗濯カゴに入れるとか、
こぼしたら自分で拭くとか、着替えは自分でとか、
学校の準備は自分で完結(色々漏れてるけど。苦笑)とか、
当たり前のことを当たり前のように
自分でやらせるのに最適の環境です。笑

そして、小1のみは嬢くらいになると、
「自分のことは自分で」に加え、
周りのことも、より気にかけられるようになりました。
自分が水を飲むときは、自然に弟の分も用意してくれたり、
スーパーなどの出先で、自由人の弟を追いかけてくれたり、等
状況を読み、自ら動く力がついてきたことは、心強い限りです。
本当に助かっています。


★「子どもの生まれつきの個性に納得できる」。
&「子育てに臨む姿勢がシンプルになる」。

子育てって、正解もなく、
今の子育ての結果?が見えるのはずっと先、
という、本当に息の長い世界。
その中で、親としての責任を思うと、
悩みや迷いは尽きません。

でも、3人育て始めて、思いました。

本当に、3人それぞれ、
性格も長所も短所も違う。
(まだ、3番目は良く見えてませんが、
少なくとも赤ちゃん時代の様子は全っ然違う)

同じ親から生まれて、
同じ人がほぼメインでお世話して、
ほぼ同じもの食べて、同じような暮らしをして、
それでも違うんだから、
もうそれはその子の個性と捉えるしかない。

もちろん親の与える影響が大きいことは百も承知です。
でも、必要以上に、自分の肩に背負いこむ気持ちや
人と比べたくなる気持ちが和らいだことは
良かったなと思っています。

その分、それぞれの子の個性を見極め、
いかに認め、伸ばす手助けをしてあげられるか、
親の役割は、とにかくそこだという思いが
強くなった私です。
あとは、心身を健康に育むための食事、でしょうか。

その点も含め、子育てに臨む姿勢(根や幹の部分)が、
どんどんシンプルになる気持ちがしています。
(些細なことに迷っている暇がないとも言う。)
カオスだけど、清々しい子育て。


★「母(私)の友人知人が増える」。

これ、結構、盲点でした。
でもすごく大きなメリットだなと日々感じてます。

3人それぞれの学年や、関わった組織・団体それぞれに、
必然的に顔見知りができ、
その中から、仲の深まる友人知人もでき、
その結果、地域の友人知人ネットワークが増えました。
冗談抜きに、いつも支えてもらっています。

まあ、二番目三番目となると、
やはり第一子の時ほどには
一生懸命に関係づくりをしなかったりするので、
3人だから3倍、とはいかないとは思うのですが、
それでも、自然と倍以上になっていく実感があり…。

まあ、PTAの役員なども子供の人数分あるわけで(苦笑)、
労力が増える部分も確かにあるのですが、
下の子になればなるほど、情報も知人も多く、
役員や係などもやりやすいのが本音です。

そして、友達が増えると、楽しい出来事も、
子育ての息抜きの機会も多くなり、
自分の世界が広がります。
特に、実家が遠い私にとって、
地域に知人が多いことは、何よりも心強く安心なのです。


★そして最後に。
「子育ての風景が豊かになる」。

これは、上記プラス面とは種類が違って、
もう感覚的な世界で、うまく説明しにくいのですが・・・

子どもが3人になって、
それまで以上に目の前の光景にジンとくる機会が増えました。

かつて私が予想外に3番目を妊娠し、
戸惑いの最中にいた頃、
3人子育ての大先輩ママが言ってくれました。

「大丈夫。豊かになるよ〜。
何が、ってうまく言えないけど、本当だから。
あぁいいなぁ、良かったなぁ、って思えるから。」

あの言葉を、まさに実感しています。

「豊かになる。」

色々な意味で、この響きがぴったりかもしれません。

もちろん、経済的には豊かどころか厳しくなるし、
存分に目は行き届かないし、
キャパが足りず、切羽詰まることも多々だし、
豊かとは真逆に思える現実は日々あるのですが、
でもそういうことじゃなく、
場が、空間が、豊かになる、っていうのかな・・。

例えば、歩き始めた一番下の子を見て、
それをみんなで喜び、大騒ぎした日。
上の娘も、真ん中も、みんなが手をいっぱいに広げて、
おいで〜、おいで〜、頑張れ〜!って
笑顔で呼んでたあの風景。

ある日のお風呂上がり、私が一番下の着替えなどに
手を取られている内に、上2人が私を待ちながら、
リビングで寄り添って寝てしまった。
そうしたら、着替え終わった一番下が、
のそのそとその2人の元へ這っていき、
自分も一緒に、と言わんばかりにコテンと寝始めた、
その3人団子の姿。

上2人が走り回っていると、
一番下も(全く付いていけていないのに)
トテトテとくっついて回り、
それに気づいた上2人が、
振り返りながら笑って走り回るリビング。

3人ソファに並んで座り、
大中小で横一列、みんなほえーとした顔で
テレビを眺めるの図。

・・・
なんていうんだろ。
3人というマジックで、
なーーーんてことない風景が、
絵になり、宝になる。

これが全員、小学校の高学年以上、
みたいになってきたら、
今ほどにその効果はないかもしれないのですが、笑
少なくとも、一番下が幼稚園くらいまでは、
そんな風景を日常の中で楽しめるのかな、って
ほのかに期待しています。



・・・以上、
思いつく主な「プラス面」の数々です。

そんなわけで・・・

「3人って大変?」と聞かれれば、それもYesだし、
「3人っていいでしょう?」と聞かれれば、それもYes。

どちらも本心で、
それは矛盾しないことなのだと
よくわかるようになりました。


ついては、
「子供が2人も3人も一緒よ!」とは本当か?
の問いに、改めて答えるとするならば・・・
(繰り返しになりますが)

”結果的に”プラマイ効果で、
「大変さレベルが(ほぼ)一緒の地点に落ち着いている」

という結論。

そして個人的な展望として、
乳幼児に手のかかる現時点では、
キャパの詰まり具合からして、
やや「大変さ」が優勢、

でも、もう数年経ち、
物理的に手のかかる乳幼児期を抜ければ
一人一人の自立や社会性、きょうだい間の絆など、
きっとプラス面が優勢かな、という印象です。


でもね、ここまで紐解いておきながらナンですが、
そんな頭でっかちな考えはぜーんぶ脇に置き、
本音の本音、感覚レベルで言えば・・・

どんなに大変でも、
物理的&経済的に一人一人に存分にはできないとしても、
3人の豊かさを経験できて幸せだ、と。

ただ素直にそう思っています。

だから、もし、もしも、
「3人目迷っているけど、大変そうだし、
実際にはなかなか踏み出せない」という方がいたら…
もしくは、かつての私のように、
想定外の妊娠で戸惑っている方がいたら…

今日の話が何かの参考になれば、本当に嬉しいです。

大変じゃないとは言いません。
大変ですが、それと同じくらいの
(感覚レベルではそれ以上の)良さもあるから。


そんなわけで、
いつも以上に長くなりましたが、
今年度最後のブログはこれにて。

また詳しくは別途書きますが、
ツグが4月から保育園に通うことになりました。
私もまた仕事に少し本腰を入れます。
イロトリドリも頑張ります。
みは嬢のチアも色々あります。

以上!

3人後ろ姿 
↑ツグ、公園デビューの日。
優しく見守る上2人にジーン。

3人団子で寝るの図 
↑本文中に書いた
3人団子で寝るの図。
ツグのスリーパーが姉譲りのファンシーな柄なのはさて置き、笑
上2人にたどり着いたツグの姿が健気。

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気付けば3月に入りました。

今年の冬は本っ当に寒かった。。
そろそろ春らしく暖かくなる気配に、
心から安堵の気持ちです。


さて、そんな中、
我が家の「元祖・癒し系」キュンタロウ氏も
まもなく年中になろうとしております。
ああ、男児4歳ともなれば、
基本的に、人の話を聞いちゃいない。

”男児あるある”と聞いてはいましたが、
最近は、もはや呆れるを通り越して、
絶句、笑い、怒り、白目・・・等々。苦笑
とにかく、みは嬢時代の経験則を
ことごとく破られる日々に、
「男女でこうも違うのか」と痛感しきりです。

今思えば、女の子は、
こちらが言ったことに対して、
その球を受け止めるなり、投げ返すなりしてくれました。
生意気な口ごたえのような、
たとえネガティブな返しだとしても
きちんと”反応”してくれたのです。

かたや、キュンタロウ氏・・・・
こちらが言ったことなんて、
まったく聞いてないの助!


例えば、最近で言えばこんな感じ(↓)です。

その日は幼稚園の延長保育を頼んでいた日で、
夕方お迎えに行きました。

ところが、まだまだ遊び足りないキュンタロウ。
なかなか園庭から帰ろうとしません。
待つのも寒いし、ツグは重いし(ヘビー級に成長中)、
あの手この手で帰る方向へ促しますが、
その日はどうにもこうにも功を奏さず、
結局、18時近くに・・・。かれこれ迎えから1時間半。

気疲れとイライラもピークで、
当然、温和に受け止められるわけもなく、
そんなことを毎度やられても困る私は、
帰り道に、説明しました。
帰りが遅くなると、なぜ困るかということを。


私「あのね。ママ、帰りが遅くなるとすごく困るの。
  なんでかわかる?」
キ「わかんなーい!」

(1秒も考えてない様子なのはほっといて、とりあえず会話継続)

私「じゃあさ、もうすぐ6時半でしょ?
  いつも夕ご飯を食べるような時間だよね?
  6時半に家について、6時半に夕ご飯って食べられるかなあ?」
キ「食べられるー!!」

(適当すぎる答えに、はぁ?!とキレそうになるのを堪え、
 食べられないことを説明)

私「ママはね、魔法使いじゃないから、1秒ではご飯は作れないの。
  だから、これからご飯を作らなきゃだから、
  夕ご飯遅くなっちゃうの。だとしたら、困る人は誰?
  お腹すいたー!ってなる人、誰かなあ?」
キ「あっくんとみはちゃんとツグとママ!」

(しっかり私まで含めてる・・・。ま、いーや、次、次。)

私「そうだよねえ。帰りが遅くなると、みんなお腹空いちゃうよね。
  それに、夕ご飯が遅くなると、寝るのも遅くなるでしょ。
  そしたら、眠くなっちゃって、みんなグズグズになっちゃうよね。
  それは、ママすごく大変なの。
  あっくんも眠いのにお風呂入るの嫌でしょ。
  こんな風にね、帰りが遅くなると色々困るの。
  どう?わかった??」
キ「うん!わかったー!!(超笑顔)」

まあ・・わかったとは言うものの、
響いた感じゼロでして・・・。
そのあまりのあっけらかんな感じと、
積み重なるイライラとで
あからさまにしかめ面になった私。

そうすると、キュンタロウが
「・・・ママ?」と声をかけてきました。
さすがに「ごめんなさい」とでも言うかなあ、と思って
次の言葉を待ったところ、でてきた台詞は・・・

「ねえママ〜、あのさ、
 しましまトンカチと、つぶつぶトンカチ、
 どっちが好きー?」


・・・・・・絶句。

ここまでの会話、どこ行った?
まさか、もう全部吹き飛んだ?!

ていうか、だいたい
”しましまトンカチ”って何やの!!!?
初耳やし!!

・・・・・・・
もはや肩透かしすぎて、返す言葉もなく。

しかも、
よりによって「しましまトンカチ」という
間抜けな響きが頭でリフレインし、
思わず笑いがこみ上げ・・・完敗。orz


そのまま笑いで締められたら
それはそれで良かったのかもしれません。

でも、何やら丸め込まれた感が拭えない
狭量な私は、どうにもフツフツしてしまい、
とりあえず家の中にあがるなり、今度はこう言ったのです。

私「ねえ、あのね。さっき園庭で
  あーんなにたくさん遊んだし、
  ママだって、ツグを抱っこしてたくさん待ったから、
  今度はあっくんが頑張る番だよ。
  まず今からお弁当出したり、タオル出したり、
  かばんの片付けをやってくれる?
  遊ぶのとかおしゃべりするのはそれからでお願い。」

キ「うん!わかったー!
  (と、ここで、その辺に落ちてたイラストが目につく)
  あ、ママ、この絵ね、
  これはイチゴと桃で、ほらパフェもあるよ。
  スイーツなんだ〜!
  これはスイカで、これはレモンで、これはミカンで・・・・
  8種類あるみたい〜。
  ほら、8種類。見て見てー!
  いーち・にーい・さーん・4・5・6・7・8、
  ね?8個あるでしょ?
  それでね、(続く)・・・・・・・」


・・・・・・絶句②。

仮にも、私、
結構不機嫌な調子だったと思うんだけどな。
その様子すら、まーーーーったく意に介さずに、
こちらが頼んだことに手をつけることもなく、
マイペースで自分の話したいことを話し続け、
しまいに、目に止まった別の遊びに移り始める息子。
しかも楽しそうに。

何なの?ほんとに。
全部無かったことになってる?


いやね、今こうやって書いている分には、
微笑ましい気もするのですが、
いざ、その場ではイライラがヒートアップ。

そしてついに、
「とにかくカバンを片付けなさいって言ってるでしょ!!!」と
キレそうになったその瞬間。
私の鬼の形相にキュンタロウが気づきました。

そうしたら、
ニコーッと笑顔の全開垂れ目でこう言うわけです。
「ママ。大好き♡」


・・・・・・絶句③。

もう呆れるというか、驚くというか・・・
思わずやり取りをメモに残し、
ネタにするくらいしか、
落としどころを見つけられませんでした。
(しかも、ちょっと可愛いし。←ダメじゃん)


もう、一事が万事、こんな調子。

「き、き、聞いてた・・?」
ということがあまりにも多くて、
気持ちは常にズッコケ。
心はポキポキ折れまくります。

男の子ってこんなもんなのか、
いや、特にキュンタロウがこうなんだろうか・・・。

この先、学年が上がるにつれて、
きちんと伝えねばならぬことや、
やってもらわねばならぬことも増えていくことを思うと、
「先が思いやられる」なんて言葉では済ませられないほど、
先が思いやられております・・。苦笑


果たしてどうなんだろう。
どんなにズッコケでも、
伝え続けることには意味があるのでしょうか・・。
いや、ここはもっと大らかに
笑い飛ばしていればいいものでしょうか。
誰か教えて。

・・・なーんて大真面目に考えていることすら
馬鹿らしくなるような
最近のキュンタロウなのでした。

あー、いつから男性って
「論理的」ってやつになるんだろうか。

「しましまトンカチ」なんて言ってる人が、
いつかそんな風になるなんて、
1mmも想像つかない母です。


しかも、そんな
”わけわからん野郎”かと思いきや、
いっちょまえに偉そうなことを言ったりもする。

ある日、重い荷物を両手に提げて、
「あーママ、手がちぎれそう!」とつぶやいたら、
傍らにいたキュンタロウが、さも得意げに、
「骨はね、強く作られてるから、ちぎれないよ〜」
だそう。
キミに言われんでも、知っとるっつーねん!!
「ママ持ってあげようか?」的な
優しい言葉が出る男に育てたかったわ…涙

・・・かと思いきや、
これまたある日、よそ見して室内を歩いてたら、
ドアに本気で激突していまい、
目が星で「痛っっっ」と思わず止まったところ、
トコトコと歩いてきたキュンタロウがこう言いました。

「ママ、ちょっとしゃがんで(^^)」
そして、無言でヨシヨシとぶつけたところを
撫でてくれたのでした。
(ちょっとキュンとした。笑)


もう、何なんでしょうかね。
男の子という生き物。

「まったく聞いてないの助」
で、
「わけわからん野郎」
で、
その上、
「ツンデレ男子」。

うまい操縦法がまったくわかりませんが、
(むしろ操縦されてる感ありますが)
きっと、これを楽しみながら
子育てするのが正解なのでしょうね。
ハードル高し。

あー、これからどんどん
驚かされるのだろうなあ・・・(遠い目)

楽しみ半分、恐怖半分であります。

科博_キュンタロウ 
↑張本人
一昨日は、
都心で積雪が20cm以上にも達したという
珍しい日でした。

「最近の天気予報は何かと大げさよね」
と思っていた私は、
その日の朝の天気予報が、
「大雪注意」と繰り返すのを、
「ハイハイ、またどうせ外れるんでしょ」
くらいの気持ちで見ていたのですが、

なんとまあ、本当に大雪で、
夜は、外の銀世界を「ひえ〜」と眺めたことです。


もちろん、
そんなにも雪の降り積もる景色に、
子ども達の心が踊らないはずはありません。

日中もそれなりに積もってはいましたが、
夕方以降、みるみる深さを増していく雪の様子に、
うちのキュンタロウは、
窓の外を見ながら何度もこうつぶやきます。

「雪だるま、作りたいなあ…」


しかし、まだロクに歩けないツグを連れて
雪遊びをするわけにもいかず、
まして抱っこやおんぶでは危険だし、
夕飯前で忙しいし、
何より、突き刺すような寒さの中、
家から出る勇気もなくて、

「また明日ね」なーんて、
キュンタロウのつぶやきを受け流しておりました。


それに、そもそも幼稚園からの帰り道に
雪の中を10分ほど歩いただけで、
濡れた手袋の冷たさや、いつも以上の寒さに
耐えられなくなったキュンタロウ。

雪を降らせる空に向かって、
「もうやだーー!もうやだーーーっ!!」と
ギャーギャー泣いて怒りながら帰宅したのです。苦笑

そんな一幕もあったゆえ、
もう一度雪の中に出るなんて、
考えられなかったのですが・・・、

当の本人は、
そんなことすっかり忘れているのか、
輝く目で、雪だるまを作りたい、と繰り返します。



まあね・・気持ちはよくわかるんです。
私も九州育ちなので、
小さい頃、絵に描いたような雪だるまに
本当に憧れていたから。

そんなことを思い返していたら、
何だかキュンタロウの願いを
叶えてやりたいような気もしたり…。
今ならおっきな雪だるまが作れるな…、なんて。

すると、ちょうどそんな頃合いで、
いつもよりも随分早く夫が帰宅。
時刻は20時。
そろそろお風呂、というタイミング。

そこで、急きょ思い立ちました。
ツグを夫に見てもらって、今雪だるまを作ろう、と。


だって、明朝雪だるまを一緒に作ろうと思っても、
またツグどうする?問題があるし、
仮に何とか作ったとしても、
冷えた身体での登園も気にかかるし、
そもそも登園前にそんな時間があるはずなく、
どうせやらずじまいになるのが関の山。

だったら、いっそのこと今一緒に作れば、
終わり次第、お風呂直行で済むじゃないか、と。


そうとなれば、善は急げ!です。
夫に相談すると、
「外、めちゃくちゃ寒いよ。正気?」
と笑われたものの、
ツグを見ててくれるというので、

「よし!今からママと雪だるま作ろう!!」
と声をかけました。

「え?今から?! ほんと?いいの?!」
と飛び跳ねるキュンタロウ。

みは嬢は、
既に昼間、友達と雪だるまを作ったらしく、
「パパと家にいる」なーんて言っていたのですが、
ウキウキと身支度をするキュンタロウを見て、
やっぱりやりたい!と参戦。

結局、3人で着込みに着込んで、
マンションの下まで降りたのでした。


ちなみに・・・
日中、手袋が濡れてしまったみは嬢のために
私の雪用手袋を貸すことになったため、
私の手袋がなく、どうしようと思った矢先、
ふと目に付いた台所用のゴム手袋。

「お!これなら防水じゃん!ないよりマシよね。」
というわけで、
肘近くまであるゴム手袋を付けて出発した私は、
なんと滑稽だったことでしょう。笑

でも、いいんです。
こんな時間、誰も見ちゃいない!


そして、いざ降りてみると、
窓から見る印象よりもずっと深く積もった雪が
アチコチに広がっていました。

「わーー!!すごいー!」と
3人で一気に飛び出し、早速雪をゴロゴロ。

雪に寝転がるの図 

滑ったり転んだりもしましたが
(主に私。←結果的に一番はしゃいだ人)、
雪が深くてちっとも痛くない。
そして、あっという間に、
抱えきれないほどの大きさの雪玉ができたのでした。

問題は、雪だるまの上の段用の雪玉が、
重くてなかなか持ち上がらなかったこと。笑

みは嬢と2人がかりで何とか必死に持ち上げ、
キュンタロウの身長を優に超える
おっきな雪だるまが完成!!!
イエーイ!


更に、「あ!」と思いついて、
やりたくなったことがあります。
それは、雪だるまの鼻を、
本物の人参にすることでした。笑

イラストでは何度も見たことあるけれど、
実際にやったことはなかったものだから、
あれをやってみよう!と。

そこで、ベランダから顔を出した夫に
冷蔵庫の中の人参を放り投げてもらい
晴れて、人参鼻の雪だるまが出来上がったのでした。

雪だるま作ったよ 

あいにく、顔の他のパーツに使えそうな素材は、
周囲には見つからなかったので、
「それはまた明日」ということで、
その日はおしまいに。


時間にすれば、30分程度のことだったかと思います。
そんな短い時間だったけれど、
なんだかとても楽しかった。

いつもは、日常生活をまわすのにあっぷあっぷで、
子ども達と遊ぶ時間なんてほとんどないから、
余計に心に残ったのかな。

(仮に時間がたっぷりあったとしても、
 その分、子どもと遊ぶかというと怪しいが。苦笑)

夜、街灯の明かりの下、
雪で思い切り遊ぶ、という非日常な光景が
新鮮だったからかな。

その後、直行したお風呂の最中も、
その翌日になっても、
あの”夜の雪遊び”の余韻がほんのり残り続けた
私だったのでした。


ちなみに翌日、
自由登園になった幼稚園に、
キュンタロウは喜び勇んで登園!
そして帰る頃には、雪もだいぶ溶け、
朝にはあった雪が、帰り道ではなくなっていたり・・

それを見たキュンタロウ、
「あーあ、雪の日が終わっちゃう・・。
 終わってほしくないのに。」と
涙ポロリ。


そうだよね、楽しかったよね。

ママも、
ゴム手袋で雪だるまを作ったあの夜のこと、
忘れられない気がしています。

(とか言いつつ、あっさり忘れるのが私なので
 こうして記録。苦笑)


これからも、時々でいいのです、
またこんな温かな思い出を重ねていけたら。

そんなことを思う、厳寒の冬なのでした。
(って、重ねられるかどうかは私次第か。笑)

明日の朝は、平成に入って一番の冷え込みらしい。
都心も氷点下4度だとか。
今年の冬は、ほんと寒いなあ〜。

ベランダの雪だるま(パパ作) 
↑夜の雪遊びから家に戻ると、
夫は夫で、ベランダに雪だるまを作ってた。
夫にこんな遊び心があったとは。笑
明けましておめでとうございます!
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

久しぶりに、ひと月以上
更新が開いてしまいました。

書けなかった12月。
カレンダーでも学校でもイベントの多い月であり、
年末年始にむけた諸々もあり、
まさに「怒涛」の名に相応しい1ヶ月でした。
なんでこんなにバタバタするのか、
自分でも不思議で仕方ないのだけれど、
とにかく自転車フル稼働で、街を疾走する日々。笑

そんな怒涛の日々を経て、
冬休み突入後すぐに実家へ帰省、
そして一昨日、帰京しました。
いとこ一同の揃った年末年始、大騒動だったなあ。苦笑


さて、今回は親戚の事情もあっての帰省だったのですが、
おかげで、この年末、
高校の同窓会への出席が叶った私。
卒業以来なので、かれこれ10数年ぶりです。

そうしたら、たくさんの同窓生から
(元々友人だった子も、顔見知り程度だった方も)
ブログを見ていると声をかけてもらいました。

なんだかとても嬉しくありがたかった。


特に、多くの人が話題に挙げてくれたのが
娘のチアのことでした。

「応援してる」だとか、
「すっかり娘ちゃんのファンだよー」だとか
「自分にも女の子が生まれたらチアをやらせたい」だとか…!
ありがとう〜。涙

だから、というわけではないのだけど、
前々からやりたいと思っていたことを一つ。
これまでは「子どもたち」というカテゴリに入れていた
娘のチア記録を、一つのカテゴリにしました。

始めた時のことから今に至るまで、
時々ではあるものの、記録してきた11記事。
いやー、初期のブログを読み返していたら何だかホロリ。
これからもここに少しずつ、
記録が残っていけばいいな、としみじみ思っています。

・・・というわけで、
2018年最初のブログは、
早速そのカテゴリの12記事目を。


前回、娘のチアのことをブログにしたのは、
これでした。(→「母の大炎上と新生みは嬢」)
夏の大会後、反省をしたにもかかわらず、
娘の締まりのない態度にブチ切れた時の話。苦笑

「それじゃ、センターなんてつとまらない!!!!
私が先生なら即変更!明日変更!!!」
・・・なんて、炎上した私でしたが、

↑の次の回のレッスンで、
本当に娘はセンターを交代となりました。

元々娘がセンターになる前に
センターを務めていた子がセンターに返り咲き。
10月の頭のことでした。

あのセンター交代の日、
帰り道で悔しくて泣いていた娘。
その悔し涙を見て、
私は「ああ、良かった…」と思ったのです。

目立ちたがりで、負けず嫌いの娘ではありますが、
我が子ながら、どこかお人好しで、
「何が何でも!」という気の強さが出てこない娘。

そこが娘の優しさであり、良いところでもあり、
心から大切にしたいのですが、

上を目指すという意味で言えば、
どこか本腰が入らないというか、
どこかホワホワしているというか、
そんな一面でもありました。

ところが、そんな娘が、
「悔しい」という気持ちで泣いている。

それを見た時、
これが一皮むけるキッカケじゃないかと感じました。
悔しくて涙できるほど
夢中になれるものに出会えて良かった、とも。


そして、そこから12月10日の大会までのレッスン、
私も娘のサポートが楽しかった。
いや、「楽しい」という表現は違うかな。
大変だったり、悩ましかったり、色々だったから。
でも、私も、本当に沢山のことを
経験させてもらったように思います。


毎回、レッスンの前には、
自転車の後ろ座席に乗せた娘と
こんな会話を交わしていました。

「今日は、何を一番頑張る?」
「それができるためにはどうしたらいい?」

・・・
いかに目標感をキープさせるか。

いかに具体的にイメージさせるか。

難しくて、後ろ向きになりそうになっても、
それをスモールステップに
分けて考えるよう話してみたり、

既にできていることに気付いてもらって、
それなら次もできそう!と、
前向きな気持ちに向けるよう努めたり。
・・・

今は1年生だからまだ難しいけれど、
ゆくゆくは、こういう視点や考え方を
自らできるようになって欲しい。
そんなことをひたすら考えながら話す道。


時には、厳しい声をかけることもありました。

「できないなんて、そんな簡単に言わないでくれる?(怒)
 できないんじゃない。
 できるまでの練習回数ができてないだけ。
 やったかやってないか、その違いだけだから。
 (だからツベコベ言わずにやれー!)」的な。(苦笑)

「(君は)YDK(やればできる子)だよ、絶対に」
という熱意を、一応込めたつもりではあるのですが(笑)、
言い方がキツすぎて、娘、半ベソってことも多々。

そんな感じで、毎週(時には週に数回)、
大通りをママチャリで駆け抜けながら、
車の騒音でお互いに「聞こえない〜」と言い合いながら、
大声で話す送迎路。
そんな10分強が恒例でした。


そして、レッスンが終わった後は、
家までの道のりで、また娘と私の反省会。

その日のレッスンで良かったところ、
次回以降、頑張りたいところ。
それを必ず本人の口から教えてもらうようにしていました。

単語じゃなくて文章で!
これも、娘との約束です。
(単語で返ってくると「それが何?」とツッ返す。笑)

例えば「今日の良かったところは?」と聞いた時、
答えは「シングルターン!」だとNG。
「シングルターンで、きちんと真正面で止まれたところ」
という風にしてもらう。

きちんと言葉にすることで、
よりしっかり頭の中に印象付けてほしい。
課題を具体的にイメージして次に向かってほしい。
そう願ったことからです。

そして、私からも、
その日のレッスンを見ていて、
上達したな、と思ったところ、
ここはもっと頑張れ!ってところは
言葉を尽くして、伝えるようにしていました。

後者が多すぎて、説教がちになる心を抑え、
(いや、抑えきれずに説教タラタラなことも多々。苦笑)
地道に具体的に伝え続ける。

上達したなというところは、
どんなに地味なところでも伝え、
幹となる自信は少しずつ付けてもらいたい。

キレイゴトのようですが、
その一心でやってきたように思います。


家でゆっくり話せればいいのだけれど、
家だと下の子達もいて、全く落ち着かないので、
とにかくレッスン前後や送迎が肝。笑


そうか・・・
私は、娘との、
こんなやり取りに夢中なのだ。

そんなことに気付かされた約2ヶ月でした。


娘のサポートと言っても、
振り付けの練習のようなことは、
もう私に出来ることはたかがしれてます。
だいたい私、身体硬すぎだし、
下の子達の相手で、それどころではなくなってきてるし。

だから、今後は、
振り付けやフォーメーションの動きについては、
出来る限り、自分の力で落とし込んでもらいたい。
期を同じくして、先生からそんな指摘もあり、
ちょうどそういう時期に来たと思います。


でも、その分、
娘が、より良いパフォーマンスを発揮できるように、
娘が、一つ一つステップを登れるように、
娘が、チアを通じて自己肯定感と自信を深めていけるように、
メンタルや目標感のサポートをしたい。

もちろん娘のためでもあるけれど、
私自身がそうしたいんだな、と思いました。


子供を持った今、
自分が自分自身の好きなことに熱中するのは
なかなか難しくなり、
隙間時間をつなぎあわせて、
どうにか手をつける程度が限界でもあります。

一方で。

チアに携わるようになって数年が経った今、
自分が何かに夢中にならなくても、
子どもが夢中になっているものを支えることに
私も夢中になれる、と気付かせてもらいました。


大変なことも色々あるけれど、
娘にとっても私にとっても、
そんな対象に出会えたことが、
やっぱりありがたく、尊いことで、
それを一緒に大事にしたい。

心からそう願っています。



ちなみに、12月10日に開催された
今年度2度目の大会。

娘のチームは、念願の銀メダルを獲得しました。
センターは外れましたが、
遠くから演技を見ていて、
今まででベストの本番を演じてくれたと思います。
スコーピオンも文句無しに決まりました。

そして、銀メダルの瞬間、
嬉しくて嬉しくて、
同チームのママと抱き合って涙。
まるで、青春。笑


でも、帰宅後、娘は、
「金メダルが良かった」と泣きました。
姉妹チームが金メダルを取ったので、
触発されてしまったのだと思います。

ただ、娘のチームは、
初心者も含むチームだったこともあり、
銀メダルでも、まさか!という状況だったので、
まさか娘が泣くとは思わず、冗談抜きにびっくり。


結局、その後、
大会の反省会を娘と私の2人でやり、
できたところと次への課題とを
ノートに書き出し、気持ちも整理。

他のメンバーのことは一切口にせず、
(他人にまで気が回らないのかもですが。苦笑)
自分の課題を1年生なりに見つける娘は
立派だと思いました。


まだまだ未熟なところは多々ありますが、
始めた頃に比べたら、だいぶ遠くまで来られたかな…。

これからも。
一歩進んで二歩下がることも沢山あるはずですが、
それでも一歩ずつ前へ。
ただそれだけだな、としみじみ思います。


さ、今年度の次の大会は、
今月末のUSA Regionals!

年末年始気分も一気に吹き飛ばし、
練習のラストスパートになります。
季節柄、何より体調管理に気をつけねば。
がんばるぞー。

Go! Majorca*!!
(娘のチーム名)

ダンスドリル銀メダル 
↑銀メダルで笑顔の記念撮影!

追伸:
私が子育てという意味で、
最も影響を受けた本、
『子どもの心のコーチング』

娘が赤ちゃんの頃に読み、
こんな子育てがしたい、
もし私が何かの先生なら、こんな思いで子どもに接したい、
そう強く感じた本でした。

これまでの子育てでも気にかけてはきたのですが、
この考え方を、チアを通じて実践してみてます。
(全然できてない部分も多いけれど。汗)
その試行錯誤に、私も充実感があるのかもしれないなあと
今、思ったり。

子育て本、お探しの方いたら、文庫もあるので是非(^^)
子育てコーチング本 
日付が変われば、
明日はツグ1歳のお誕生日。

ああ、1年前のまさに今頃、
「これは間違いなく陣痛・・」と思い、
急いで最後の入院準備をし始めた頃でした。

あれから1年も経っただなんて。

本当に早すぎて、
今こうして振り返ると、
まるで早送りで過ごした時間のようです。


思えば、ツグを我が家に迎えたこの1年、
「赤ちゃん」という存在を思いきり堪能し、
毎日愛でて愛でて、
繰り返し味わった1年でした。

牛の反芻にも負けないと思う。笑


でも、そんな0歳という特別な1年間も
今日で終わりだと思うと、
寂しさが募ったtoday。


今朝、ツグが起きた時
「おはよう、0歳のつぐたろう」
と声をかけました。

朝ごはんをあげても、
「0歳の朝ごはんはこれで最後か」なーんて思い、

着替えをさせる時も、
「0歳最後はこの服にしよう」などと考え、
(結局寒くて、フリースのカバーオールを
ずっと着せてたので、考えた意味ナシ。)

我ながらバカだなーと半分笑いながらも、
一事が万事、この調子。


いや、11/22が11/23になったからと言って、
ツグの見た目や行動が
一変するわけでもないし、

「今日と明日」というものは、
「昨日と今日」と同じように、
単に連続する2日間なのだから、
別にそう感傷的になる必要もない。


そんなことは、
重々重々わかっているのだけれど、

もうこの先、自分の人生で、
0歳の赤ん坊を我が子として
この手に抱くことがないかと思うと、
どーしても切なさがとまらず。

ああ、私の手から、
この愛しき0歳児が、
もう過去のものとして
スルスルと流れ過ぎてしまう。涙


ツグは、3人の子どもの中で、
胸を張ってダントツに
手をかけられていませんが、

(失われゆく)赤ちゃんらしさへの愛おしさは、
ダントツに感じた子だったように思います。


そういえば、上2人が赤ん坊の時は、
日焼け止めをほとんど塗ってあげたことが
ありませんでした。

ズボラな私は、
こまめなケア、というものが苦手で、
塗り忘れたら「まあいいや」とそのままだったり、
嫌がられたら面倒で「まあいいや」となったり、
赤く日焼けするタイプじゃなかったことから、
少々の日焼けはアリでしょ!と開き直っていたり。


でも!
ツグは、割とマメに日焼け止めを塗ったのです。
なぜなら、この赤ちゃんらしい
白い柔らかな肌を1日も長く守りたかったから。


同じような例でいえば保湿もそう。
上2人の時は、お風呂上りでも冬場でも、
大した保湿をしたことがなく。

そんな過保護に手をかけなくても、と思っていたし、
今思えば不思議なほどに毎日バタバタで、
自分の保湿すらままならない感じだったから。

でも!
ツグは、今も毎日、お風呂あがりに
ローションで保湿してあげています。
(顔だけですが)

理由はもちろん。
もちもちでぷくぷくの頬を
1日でも1秒でも長く保っていたいから。


そんなこんなで、
ツグのため、というよりも、
この赤ちゃんらしさを守るためなら、
何だってできる私でした。


それなのに、
そんなツグが、
ついに1歳になってしまうわけです。

めでたいことなんだけど、
明日になると、
もう「0歳のツグ」はいない。
「1歳のツグ」になる。

・・・なんだか、それって大きく違う。
0歳と1歳じゃ、全然違う。

この気持ちをどう表現したらいいのか。
切ない、という単語以外に
言葉が見つからず、途方にくれそうな今です。


ちなみに、
さっきお風呂あがりに授乳して、
ツグが腕の中で眠りにつき、
寝室に寝かせに行った時、

ベッドでスヤスヤ眠るツグに
「さよなら、0歳のつぐたろう」と
声をかけたら、
思わず泣きそうになってしまいました。

バカすぎるけどほんとの話。


振り返れば、この1年。

いつもニコニコと満面の笑みを見せてくれたツグ。
どーーーんと構えて、
ちょっとしたことには動じなかったツグ。
指を「カトちゃんぺ」みたいに2本しゃぶっていたツグ。
頬がこぼれ落ちそうなほどにタプタプなツグ。
何かを頬張ると、
ハムっという表現がピッタリの口元になるツグ。
友蔵みたいなお爺さん顔がお得意だったツグ。
口をほえーと開けて、よくのんびりしていたツグ。
のっしのっしとハイハイするツグ。
信じられないほどモグモグとたくさん食べるツグ。
手をブンブン振って喜びを表現するツグ。
髪の毛が全然のびないツグ。
とっても得意げな表情で立っているツグ。
・・・・

そんな0歳のツグの全てに
ただただ、愛おしさと感謝の気持ちで
いっぱいです。


もう0歳のツグには会えないけれど、
この0歳から地続きで続く1歳に、
この愛おしさも引き継がれるに違いなく、

きっとこうして、
どの親も末っ子には甘くなるのだろう、と
肌で感じた1日でもありました。


ありがとう、0歳のつぐたろう。
こんにちは、1歳のつぐたろう。

君のおかげで、
私の怒涛の日々に、
優しい風が吹いてくれます。

これからもどうかお手柔らかに。


歩くのも、おしゃべりするのも、
まだまだ先でいいよ〜。
そう本心から思う母なのでありました。


さ、どんなお誕生日になるかなー。

みは嬢は、
何かプレゼントを作ってあげると
張り切っているし、

キュンタロウは、
「1歳の日になったら歩くんでしょ〜?」
と、妙に信じています。笑


お・・・
いよいよ日付が変わりそう。
惜しんでばかりいないで、
こう言ってあげねば、ですね。

「おめでとう、1歳のつぐたろう。」

ツグ寝顔 

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