今年の一月に、
「家計再生元年」というブログを書きました。

「見て見ぬふり」「臭いものに蓋」を
何年も続けてきた家計に、思い切って
メスを入れる決意をした時のものです。
ツグも生まれたことだし、さすがにもう逃げられない、と
腹をくくりまして。
(何事も追い詰められないとできない派)

ただ、メスを入れる、…と言っても、
自分でやるのでは客観的にもなれないし、
何より面倒だし、またも先送りにしそうなので、
元FPという人脈を頼りに、
FPさんを交えて家計再生に臨んだ私。

その第1回コンサルの感想は、
家計再生元年」の時にも書いたので、
今日は「その後どうなった?」の話を。

あれから約半年弱。
大きく変化のあった3点について
レポートしてまいります!笑


1)まずは何と言ってもコレ。

これまで何にいくらくらい使っていたか、
大体の把握ができたことで
(使途不明金、多すぎ!と判明したことで)苦笑
無頓着に使いすぎていた部分をさすがに修正。
主に、週末レジャーや外食などの+α部分を、
ざっくりと予算で考えるようになりました。
逆に「ここは削れないから仕方ない」という
必要な出費には前向きに。

なんかねー、スッキリしてるんですよ。
お金に関する気持ちが。予想以上に。

実は、メスを入れる前は、
「お金を細かく管理することになったら面倒だな」とか、
「気持ちのゆとりが狭くなるかな」とか、
そんな心配をしていたんですが、

私に関して言えば、実際には逆だった。
むしろ、基準がハッキリしたことで、
使うにもやめとくにも、気が楽に。

まあ、1円単位で収支を合わそう!とか
予算もきっちり厳密に!みたいに、
トコトンやるなら話は別ですが・・・、

私の場合は、月単位や年単位で、
「これにこれくらいは必ずかかる、
 逆に、年間の収入からいうと、
 これにはこれくらいしか使えない」
というのが見えたことで、
「その大まかな範囲内で融通を利かせながら使う」
というやり方を取り入れ、
厳密にはやらずに、大体の上限は守る、
みたいな形にしてみました。
その程度の管理なら、気楽なものです。

考えてみれば、これまでは、
どんな出費についても、
「使っていいかなあ、ダメかなあ・・、
でも、いいか!必要よね!うんうん!」的な感じで(笑)、
良くも悪くも、開き直ってやってきて、
心のどこかに微妙なストレスを抱えてたので、
そんなモヤモヤ感との決別が
思いの外、効果が大きくて。

とにかく、必要なものには、
スッキリスパッと払って感謝完結!
迷うものは、”ザックリ予算”と相談して判断!
無頓着な使い方だけは、あらためる。

そんな感じで、気持ちはとってもスッキリなう、です。

しかも、ちょっと気持ちが整ってきたら、
「日頃の使い方を記録でもしてみるか」
みたいな気持ちにもなってきて、
(我ながら驚愕)
4月下旬から家計簿アプリで、日々の出費を
これまたザックリ、記録したりしてます。

「データをきちんと集計して、グラフ化して・・」
とか思うと、またハードル上がるので、
まずは単純に記録から。

そのうち、また気持ちが整ったら(笑)
そのデータをまとめて見直したりしたいな、と。
(いつになるやら。)

とにかく、一歩ずつ一歩ずつ、
亀の歩みながら、家計を再生できてる感です。
まだ貯蓄ペースがつかめてませんが。苦笑
(そこ大事やろ!)
ガンバリマス。


2)続きまして、次のトピックス。

--------
「鈴木家、保険の保障額が足りなくて、
今、夫に万一の事態があれば、
子供と私、早々に路頭に迷うぜ!!」
--------
てな事態を回避しました・・。

住宅ローンの団信もあるから、
万一夫が亡くなっても家は残るし、
既存の保険でもそこそこカバーしてるし、
正直、保険についてはそんなに心配ない、
と思っていた私、スットコドッコイ。

先々の支出予測や、遺族年金などのデータをもとに
必要な保障額を割り出してもらったら、
とんでもなく足りない。。

とは言っても、単に保険を増やす、
というのは、今の家計上ちょっと負担だったので、
既存の保険の少し厚すぎた分野を削り、
逆に足りない分野に保険料を回した次第。
つまり、ほぼ変わらぬ保険料で、
内容をアップデートできました。

保険って、かければかけるほど安心ではあるけど、
じゃあ、多くかけるのがいいのか?というと
それまた微妙なところで。
(私が現職FPだった頃も、この天秤には頭を悩ませてた気が…)
価値観や家族状況との兼ね合いもあるから、
絶対の正解は難しいけれど、とにかく、
その時々の家庭にとって、納得のいくバランスになるよう
時折整えることは大事だなと感じたところです。

ま、とにかく、夫の人間ドックが本格的に始まる前に、
保険を見直せて良かった…。
(不摂生な夫。そろそろ人間ドックで何か出そうなので。苦笑)


3)最後に・・・
これは、メリットでもあり、ある種デメリットでもあり、
でも最終的にはやっぱりメリットだった、
と思っている点なのですが。

とにかく、家庭内のお金の膿を出し切った!!!

これが、今回の隠れた成果かもしれません。


いやね、正当化するようですがね、笑
過去にも、お金のことをちゃんとしようと
よぎったことは何度もあったし、
実際、着手したことも何度かあったんです。
家計に関する本を読んで、実践を試みてみたり。

でも、
家計のことに手を付け始めると、
毎度毎度、夫とケンカになりまして。

やっぱり、お金って、たとえ家族であっても
ナイーブな部分だから、
お互い嫌な部分を突かれることにもなるし、
何かと我慢みたいな話になりやすいし、

しかも、お金のことってやり始めると結構面倒で、
手間がかかったりするものだから、
そんな私の手間に対して、
夫に理解のない対応をされたりすると、
(面倒くさそうにされるとか、イチイチ渋られるとか)
私がブチ切れて、大ゲンカになったり・・。

そんなこんなで、
「結局、疲れただけだった…」とか
「こんなに疲弊してまでやることない!」とか、
そんな気持ちで諦めたり、
或いは、やり始めたものを中途半端にしたりして、
ここまで来たわけです。

でも。
今回は、心に決めていました。
何が何でも、キリが付くまでやる!と。

今までは途中でやめたから、
「疲弊しただけ」という結果だったけど、
今回こそはFPさんを付けて一通りやりきれば、
きっと違う結果が見えるはず!と、
ただ盲目的に自分を過信して。笑
そのために、多少の手間は私が負う!と。
(偉いなー、偉すぎるなー私)

その結果。

もちろん、今回も例外にもれず、
夫とケンカしまくりました。

でも、でも、そこでめげなかった!

「お金の話を、何度もするのはストレスだから、
 もうこの先に、また同じ話で揉めないよう
 今、面倒がらずにちゃんとしよう」と。
「今やめたら、近い将来、またイチから
 同じストレスをやり直すことになる。
 それは避けよう」と。
自分にも夫にも言い聞かせて。

そして、2人で家計の現状や将来に目を向け、
"ザックリ予算"のことも、保険のことも、
ローンのことも、話をしました。

もちろん、お互いが冷静に和やかに意見を出し合う、
なーーんて理想的な話し合いとは程遠いけれど、
(度々私がキレたり、夫が不機嫌になったり)

でも、ケンカしながらも何度も話す中で、
一通りのトピックを話し切り、
保険は見直し終わり、家計や貯蓄についても、
「こんな形で、しばらくはやってみよう」という
一応の方向性を共有できた。


過去の言い争いの経験からか、
当初、お金の話にはかなり後ろ向きだった夫も、
きちんと目に見える形で現状やデータが見えてくれば、
徐々に、心のシャッターを開け、
話に応じる姿勢を見せ、理解も示してくれた。

(いや、以前はですね
 「そもそも家計っていう家族の話なのに
 何シャッター下ろしとんねん!」というところに
 私がキレて、何も進まなかったんです。

 今でもそう思うけど(笑)、何も進まなくては仕方ないと、
 今回は割り切って、とにかくめげずに進めた私。
 偉いなー、偉すぎるなー私。笑)


そんなわけで、家庭のお金の膿や火種や不安を
とにかく投げ出さずに出し切って、
夫婦でスタートライン?的なものに立てたことが、
何よりの隠れ成果だった気がしています。


・・・というわけで!
以上、3点。
鈴木家の変化をお伝えしてまいりました。
いかがでしたでしょうか?笑


今回、実際にFPさんと一緒にやったのは、
ブラックボックスだった
家計の現状の確認面談と、

家計の年表を作成してもらうべく、
必要な情報や夫婦の考えを提供したりしたことと、

出来上がった年表の解説や、
特に課題となる点についての
フィードバック面談を受けたことと、

その対応策として、
保険の見直しやローンの借り換えなどの
相談をしたこと。

そんな流れです。

実際にFPさんと会っていた時間は、
計3回の数時間程度だったかもしれません。

でも、それをきっかけに、
表面的ではない根本的な変化の種が
鈴木家に芽吹いてきた気がしてますーー。涙
やっただけのことはあったYO。
がんばったー!


というわけで、
このスタートラインが、
僅かずつでも軌道に乗るように。
大きくは(笑)後退せぬように。

引き続き、ざっくり、ゆっくり、前向きに。
がんばってみる所存です!


追伸:前回も書きましたが、
やっぱりFPって必要だな、
相談できるといいな、と実感してるので、
もし良いFPさんが身近にいない、って方がいたら
紹介します。(^^)

金融知識という点でも助かるのだけど
それ以前に、第三者を交えるという冷静さや、
「この日までに確認しなきゃ」的な
締め切り効果により事態が進む、
ということが、まず何より。

今回担当してもらったのは、
私がFPをしてた時の同僚で、
その後独立して事務所を構えた方。

どんなFPさんかは、
前回のブログに紹介してるので
もし興味のある方がいたら
コメントか個別に連絡ください!
(LINEやFacebookメッセージでも)

前回も結構連絡があり、
何名か紹介して、その中の数人は、
↑の私のように、膿を出す最中のようでした。
がんばれー!!
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日一日とツグ氏が大きくなってゆきます。
つい1週間ほど前に、6ヶ月を迎えたツグ。

あーついに、ハーフバースデーなるものを
祝うことは、3人ともになかったな。
”大人の事情で作り上げられたイベント感”に
馴染めない、ひねくれた私。笑

あと、第一子の時には、
「ついに半年まで来た!」と嬉しかった6ヶ月も、
第三子ともなると、
「もう赤ちゃんの半分が終わってしまった…」と
誇張抜きに寂しくて、
もはや祝うというより切なさが勝る状態。

身体も表情も空気も…何もかもが柔らかい
赤子特有のこの状態でずっといてもらえないものかと、
心から思っている今なのです。

そんな私ですから、
あらためて言うまでもなく、
ツグは、ただただ可愛い。
泣いても、夜中の授乳があっても、ただ可愛い。
それは、本当の本当に本音です。


ただ、今でこそこうですが、
ツグを妊娠した時は手放しに喜べず、
不安と戸惑いと罪悪感とで、視界が暗かった私。
その時のことは、ブログにも思い切って書きました。

でも、妊娠を徐々に徐々に受け入れていく中で、
それこそ多くの人にかけてもらったのが
こんな言葉です。

「心配いらないよ、孫のように可愛いから!」
「大丈夫よ、三番目はもはや孫って言うじゃない。」etc.

それらの言葉は、大きな安心材料として、
私を支えてくれましたが、

その一方で、
「第三子は孫のよう」という言葉が
もはや慣用句化している気もしていて、
ある種、決まり文句のようなものかなぁという気持ちも
正直どこかにあったのです。
「病気だ」と言えば「お大事に」と反射的に言うような…。


そして、まさに「第三子」を目の前にした今、
その真相を個人的に表してみるならば、

「確かに孫かもしれない・・」
という感覚がしています。


ま、極端な話、
まだ孫は持ったことないわけで、笑
孫を持つ人の気持ちは推測しかできませんが、

孫という存在の可愛さがどこから来るのかを
私なりに想像すると、

--------------
自分に直接の責任はないけれど、
血は繋がっていて、しかも、
過ぎ去った子育ての尊さや幸せを思い起こさせてくれる
---------------

というところに
その可愛さの源があるのかな、と思うんです。


・・・だとすれば、
確かに、ツグに当てはまる・・。

ま、”直接の責任”は私や夫にありますが(苦笑)、
でも、
「過ぎ去った子育ての尊さや幸せを思い起こさせてくれる」
・・・この点においては、
まさにその通り。


いや、私は子育ての渦中も渦中にいて、笑
まったくもって”過ぎ去っ”てはいないけれど、

過去、上2人が赤ちゃんだった頃には、
ゆっくり味わう余裕もなかったような
(或いは、それが貴重だと知る由もなかったような)
そんな、小さな小さな赤ちゃんらしさの数々に、
今、度々ふわーと包まれております。


例えば、おっぱいを飲み終わって
満腹で眠りについた時の、
ぶしゅーとつぶれたような唇の形とか、

寝るか寝ないかの瀬戸際にいる時の
白目のような状態とか、

嬉しそうに興奮している時の、
「ハウッ、フグッ、ハウッ」という短い呼吸&
ばたつく手足とか、

抱っこをすれば、体重も頬も柔らかなこぶしも、
全てをクタッと預けてくる感じとか、

歯のない笑顔の口元とか・・・。

挙げればキリはありません。

しまいに私は、
授乳期特有のあの甘酸っぱい「大」の匂いが、
むしろ良い香りに思えてきて、笑
敢えて嗅ぎたいとすら思っているほど。(重症)


思えば、一人目の時は、
とにかく全てが初めてで気負いもあり、
「可愛い」のは間違いないにせよ、
どこか切迫した必死さと背中合わせでした。

良いことにも不安なことにも、
その両方に、とても敏感な必死さ。
もちろん、その感性だったからこそ感じられた
子育ての醍醐味も必ずあったと思ってます。

でも、今のツグに対する心持ちや可愛さと、
一番上の娘が赤ちゃんだった頃の心持ちや可愛さは
全く別物な気がするのです。


そして、二番目が赤ちゃんの頃。
こちらは、一人目の時と違って、
経験者であるという、心強さがありました。
だから、二番目に対しては、
↑で例に挙げたような可愛さを、
それなりに感じていたと思うんです。

ただ、今と何が違うかというと、
子どもが1→2に増えたという新ステージに
とにかくてんやわんやだったこと。

赤子に十分に構えないもどかしさ、
上の子に優しくしたいのにできない自己嫌悪、
2人の子どもが常に自分にベクトルを向けてくるため、
優先順位が混乱しっぱなしで、
いつもいつも、いっぱいいっぱい。

だから、二番目に癒されつつも、
「このキャパオーバーな感じがいつまで続くのか」と
長いトンネルのような気持ちも共存していました。
夫との諍いも増え、イライラも徒労感も倍増。

そんな境遇の中で、やはり、
今ほどの赤子堪能はできなかったように思うのです。


そして今。

子どもが2→3に増えたのは新ステージではありますが、
1→2のテンパリ度に比べたら、
おや…?なんだかだいぶ軽い…?
「2人も3人も一緒よー!」と言っていた人の気持ちが、
ほんのりわかる気がするほどです。
いや、ほんのりですよ、ほんのり。
決して一緒ではありません(笑)。

まぁ考えてみれば、赤ちゃんも初めてではなく、
子どもが複数という状態も初めてではなく、
更に、一番上はそれなりに年齢が上がっているので
だいぶ手が離れてきていて、
しかも、1と2が一緒に遊ぶことも多いことから、
子ども達のベクトルが自分に常時集中するわけでもない。

もちろん、3人ゆえ、
単純に手が足りない、とか、物理的にどうしようもない、
という白目な事態は今の方が多いし、
イライラもMAXだったりするのだけど、

でも、あの「長いトンネル感」が薄い。

「何とかなることがなんとなくわかっている」
ということが、これほどに自分を支えるとは
思いませんでした。

子育てにおける一番の不安やストレスの素は、
先が読めないこと、自分にとっての先例がないこと、
じゃないかと思うんです。
そういう意味では、
1→2より、2→3の方がメンタルはずっと楽かもしれない。


つまり、そんな今だからこそ、
「赤ちゃん」という存在の貴重さと可愛さが
日々、胸に沁み渡ります。

「赤ちゃんって、こんなに可愛かったんだな…」

それは確かに知っていたはずのことだったのに、
私が知っていた以上の比重で、
本能に迫ってくる感覚がするのです。

可愛くて仕方がない・・。


もちろん、この可愛さは、
上で書いたような、
心のゆとりだけから来るものではなく、

物理的に日頃あまり構えないという罪悪感が
更に可愛さを倍増させていたり、

ツグ本人が、3番目ゆえなのか、
あまり神経質な気質ではなく、
どっしりとにこやかな質だからこそでもあったり、
(赤子界の神対応、と思うこともある)

何より私が、人に頼る術や
「もうこれは仕方ない」と手放す術、
「まーいいじゃん!」と自分を甘やかす術を
以前より学んだという事情もあったり、

そんな諸々の複合的な背景により、
「可愛くて仕方ない」ということではありますが、

--------------------
「第三子は孫のよう」とは本当か?
--------------------
という問いに、一旦答えを出すとするならば。

今のところ「孫のよう」と言えそうです。


あくまでも「今のところ」というのが
ミソですけれども。苦笑


その内、どんどん動くようになり、
姉兄に早くから鍛えられて、
やんちゃ全盛になった日には、
このブログを撤回したくなるかもしれません。
「あの日の無知な発言を撤回します!」と。
(現に友人にそんな経験をした子がいる。笑)

でも、今、この瞬間には、
間違いなくこんな風に君を思っているよ、という
この今の私の心持ちを、
こうして残しておければ、と思って
このブログを書きました。


そして、これを書いている間も、
私の横でバウンサーを自ら足で動かしながら、
ニコニコ揺れて眠そうなツグ。

五月の午後の陽だまりの中。
ああ、なんて柔らかな光景なんだろう。

・・・・
ツグ、いつもごめんね。
ありがとう。
不安もまだまだあるけれど、
君が生まれてきてくれて良かったと、
母は今、確かに思っています。

満腹で眠ったツグ 
↑飲み終えて満腹で眠ったツグ

toiletのベビーチェアのツグ 
↑toiletのベビーチェアに
初めて座らせたら嬉しそうの図
やっと書きます、チアの話。

遡ってみると前回チアの話を書いたのは、
約7ヶ月も前のコレ↓でした。

『I'm proud of you!!
〜チア・再び最後列からの挑戦〜』

年長のみは嬢が、
一足早く小学生クラスに上がった時の話。

1mmも迷うことなく上を向く決断をした娘を
誇りに思ったものですが、
上がってからの半年、
やはり、娘にとってはどこかスランプのような
半年だったように思います。


あどけない可愛さも
半分?は認められていた幼児クラスと違って、
急にちゃんとしたチアのスキルを
身につける必要に迫られた小学生クラス。

毎週のレッスンでも、
柔軟や体幹のストレッチが
半分以上を占めることも多々だったため、
それだけでスタミナ切れし、
集中力も途切れ、レッスン後半には
笑顔が消えることも多くありました。

加えてフォーメーションの移動も
少し難しくなったり。
踊りながら、斜めに2列の整列を作り、
その2列の前後が曲に合わせて入れ替わる、
・・・などなど。

全体像を把握できていないと、
自分がどう動けば正解なのかわからないのです。
でも、全体像を俯瞰的に(鳥の目で)把握する、
というのが、まだなかなか難しい。

更に、幼児クラスの頃までは
こまめにサポートできていた私も
妊娠後期&出産直後の期間で、
レッスンに付き添えないこともあり、
細かなフォローの難しかった半年でもありました。

大会前などは、レッスンも厳しくなり、
怒られながら、体で覚え、感覚で覚え、
何とかついていっている様子・・・。


幼児クラスの頃の
「ただただ楽しくて、少しずつ上手くなって、
 センターもやれて、ご満悦!」
だった立場から一転、

単に楽しいだけじゃない、
うまくいかない、
レッスンきつい!、
自信が持てない…、
つい萎縮してしまう、
そんな感覚を味わった半年だったろうと思います。


時折レッスンに付き添うと、
どうにも自信なさげな娘の姿が、
私も歯がゆくて。

家で何気なく踊っている時の、
ハツラツとした雰囲気を
レッスンでも取り戻してほしくて。


それで、いろんな言葉をかけました。
いろんな働きかけをしました。

自信が持てるよう、
できてる部分を伝えてみたり、
練習や柔軟を促してみたり、
フォーメーションを図にして見せてみたり。

でも、つい強く言ってしまうことで、
かえって自信を削いでしまうことも多く、
私も反省の多い半年でした。

小学生クラスになって以降
2度の大きな大会に出ましたが、
やはり、あの幼児クラスの時の
光輝くような気迫には及ばず・・・。

もちろん、本人なりに、
すごく大会を楽しんでいましたし、
本当によく頑張ったことは間違いないのです。

ただ、どこか突き抜けられない様子に見えた
娘なのでした。



でも、そんな娘も、
新年度になって、ようやくようやく
一皮向けたような気がしています。

思うにキッカケは3つ。


まず1つ目は、昨年度の締めくくりとして
春休みに行われたチームの発表会。

本格的な大会出場と違って、
チーム独自のカジュアルな発表会なので、
今回初めて、幼稚園の仲良しのお友達を誘ったのです。

大事なお友達に見てもらえる、
というのが、すごく励みになったのか、
踊る楽しさを少し取り戻せたように見えました。

よく考えれば、チアって「応援」なんだから、
顔の浮かぶ誰かのために踊れたら、
それって踊る側の力にもなりますよね。
来てくれたお友達に感謝です。


2つ目は、チームが新体制になったこと。
選抜クラスに上がるメンバーが抜けたり、
幼児クラスから小学生クラスに上がってきたり、
新しく加入してきた子がいたり、と
メンバーも一新!
みは嬢の気持ちも、春らしく入れ替わったようで、
「このチームでセンターを目指すね!」と
具体的に目標を持てた様子。
その眼差しにキラキラするものが見えて、
私も嬉しくなりました。


そして3つ目は、
先月、チームメイトと一緒に見に行った
映画『チア☆ダン』。
福井県の普通の高校のチアダンス部が、
全米制覇を成し遂げた実話を映画化したものです。

いやー、チアをやらせている親としては、
涙なしには見られなかった。笑
親同士が号泣。みは嬢とお友達は
「ママ達泣いてる〜!」と笑ってましたが、
それでも、胸に響くものがあったようでした。

ちなみに、映画の中で、
「とんでもない場所にたどり着くには、
 日々の積み重ねしかない!」
みたいなセリフがあったので、
これはいい機会!と、少し話を広げてみた私。

「日々の積み重ねが、どんなにすごいかわかる?」
ってことを。


「例えば、1日にたった1分でも柔軟をしたとして
それが1ヶ月経ったら30分じゃない?
じゃあ1年経ったら?」

「365分!」

「そうそう。じゃあ、365分って、
 どれくらいの時間だと思う?
 ・・・だいたい6時間なのよ。6時間ってね、
 今日の映画を3回続けて見る間、
 ずーーーっと柔軟してるって感じ。笑」

「そんなのむりー!笑」

「だよねえ。でも1日1分に分ければ
 簡単にできそうじゃん?
 じゃあ、1日5分ならどうなるかというと…(電卓計算w)
 1年で1825分だって!!
 てことは、30時間分の柔軟になるって。
 丸一日以上、寝ずに柔軟しまくり!」

「何それー!笑」

「そうなのよ。たった5分だけでも毎日やった人と、
 やらなかった人では、1年後に
 そんだけ違ってくるのよ。
 もし1日10分なら、60時間分!」

「すごすぎ。苦笑」

「そうなのそうなの。
 それが日々の積み重ね!すごくない?」

「そっか・・・
 じゃあ、みはがんばろっかな。(しめしめ)」

みたいなやり取り。
(もはや誘導尋問。笑)

自分が35年生きてきて
全くできてないこと(=日々の積み重ね)を、
偉そうに子供に求める典型例ですね。苦笑


そして、今や「日々の積み重ね」は
まるで暗号化し、私と娘の合言葉になっています。

私「とんでもない場所にたどり着くにはー?!」
みは「ヒビノツミカサネ!!」

みたいな。笑


そんなわけで、
あの『チア☆ダン』の日以来、
本当に、ほぼ毎日、柔軟をするみは嬢です。
眠くてグズグズ言いながらでも、
GWの最中でも。

映画の広瀬すずを真似して、
壁に向かって足を上げ、
その高さのところに
マスキングテープを貼ったりしながら。


こうして、
ようやくスランプ?を脱しつつあるみは嬢。
レッスンでも笑顔が見られるようになりました。


思えば、あのスランプの時期にも、
「チアは辞めない。何が何でも続けたい。」
と言っていた娘。

このまま娘が、
その気持ちを持ち続けられたら…。
いつかとんでもない場所にたどり着かないかなあ…!
なんて、”言うは易し”な夢を
見させてもらっている母であります。


・・・とまあ、そんな皮算用はさておいて!
千里の道も一歩から。

まずはこの一年、
娘が伸びやかに晴れやかに踊れますように。
そう願うチアの日々です。


そして、私も娘を見習い、
家事も仕事も子育ても。
”ヒビノツミカサネ”、頑張らねば…(願望)!

みはチア_2017.02大会 
↑2月の大会のみは嬢

壁のマスキングテープ 
↑壁に貼り付けられていく
マスキングテープ
4/27、娘が7歳になりました。

小学校が楽しくてたまらず、
毎日、発電するかのような明るさで登校していき、
なんだか本当に「ピカピカの」1年生。
眩しいです。とっても。

誕生日当日には、早速新しいお友達から
手作りの誕生日カードをもらって
それはもう嬉しそうに帰宅し、

先日に至っては、娘がこう言いました。
「ママー、1年1組の全員とお友達になったよ!」
と。

すごいなあ。。。


いや、こう見えて(?)人見知りな私。
特に小さい頃なんて、どっちかと言うと
引っ込み思案に近かった私からすると、
クラス全員とお友達になる、だなんて、
我が身に起こったことのない出来事なのでした。

そんなわけで、思わず、
素直な疑問が口をついて出ます。

「お友達になる時って、どうやってなるの?」
「どうなったら、お友達、なの?」
と。

すると、娘の答えはこうでした。

「お友達になろう!って言うんだよ ^^」
「それで、いいよ!って言ってくれたらお友達だよ ^^」
と。

そのあまりにも真っ直ぐで曇りのない答えに、
目のくらむような思いがした私です。


それこそ人生で一度も
「お友達になろう!」だとかそれに類する言葉を
発したことのない私からすれば、
ただ感嘆というか、驚嘆というか。


相手がNOと返してくる可能性なんて
発想にもないからそんな風に言えるのかな。
とか、

それくらい自信があるということかな。
とか、

いや、NOと言われてもいいと思っているのかな。
とか、

色んな思いが瞬時に巡ったのですが、
きっとどれも違う、と思い直した次第。


私の推測でしかありませんが、
相手がどう返すかとか、自分がどうだとか、
そんな私のような湿っぽいことは(笑)
1mmも考えていなくて
ただ「お友達になりたい」と思ったから、
そう言葉にしただけなんじゃないか、と。

その言外の真っ直ぐさと、
魂胆のない明るさが、空気で伝わるから、
相手も応じてくれるのではないかと。
(もちろん、そこで「嫌だ」と言う子なんて
 なかなかいないでしょうが。苦笑)


昔から、生命力みたいなものが
強い子のような気はしていましたが、
あらためて、娘の大きな長所が、
そこにある気がしたのでした。


ちなみに、4月に早速行われた
保護者と先生との個人面談。
先生からの第一声もこんな内容だったのです↓

「お友達を作るのが抜群に上手です。
 本当に楽しそうにイキイキと過ごしていて
 周りにはお友達が集まっています。」

と。

そっか・・よかった・・。

勉強もスポーツも、集団生活も、
これから小学校で学ぶことは山のようにあるけれど、
でも、まず何より、
人との関わりを、恐れずに作っていける娘の姿が
心から頼もしく、胸をなでおろした私でした。


もちろん、
年齢が上がるにつれて、
その真っ直ぐさがそのまま
受け入れられない時期も来ると思います。
その眩しさによって生じる影もある。
その強さだけでは調和できないこともある。

だけど、
それこそ多くの人との関わりの中で、
その機微を体で学んでいってほしい。
そして、天性の明るさと伸びやかさだけは
ずっと真ん中に持ち続けてほしい。
そう願った7歳の誕生日でした。


ちなみに・・・、
個人面談の余談。

お友達と楽しく過ごしすぎて、
休み時間が終わっても
そのまま喋っていることも多いらしく、
「これから、もう少し切り替えが上手になれば
 いいかなと思います。^^」と
やんわり言われました。笑

ハイ、もう眼に浮かぶようです・・。苦笑
うちでもピーチクパーチクと・・。

その他、口は達者すぎるほど達者だし、
やたら負けず嫌いだし、
気は多いし、
すぐ怒るしすぐ泣くし、

何かと波動の大きい娘に
振り回されることも多いのですが、
まあ、すべての長所と短所は表裏一体。

あの明るさと伸びやかさがA面だとすれば、
↑の諸々はB面だと捉えて、
私ももっと伸びやかに大らかに
娘と接することができればいいなと思う
今日この頃です。


とにもかくにも。
娘、お誕生日おめでとう!
これからも、その眩しい笑顔が
たくさん見られることを母は願ってます。

みは7歳自転車
↑誕生日プレゼントは自転車。
一つ前のブログの通り、
車輪の小さい幼児自転車では
かわいそうになったので、一回り大きいものを。笑

 新聞紙スカート
↑工作が大好き。
新聞紙で自分で作ったドレス(スカート)。

みは自作誕生日飾り 
↑誕生日の飾りも自作自演。笑

すっっっかり今更になってしまいましたが
3月下旬〜4月頭にかけて、
約1年ぶりに、福岡の実家へ帰省していました。

そして、これまた久しぶりに、
中高時代の同級生たちと我が実家で集まり
大人6人、子ども10人の大賑わい!

色んな話に花が咲きましたが、その中で
私が日常的にやっていることが、
決して当たり前でないことに、
結構カルチャーショックを受けまして。

・・・というわけで、
「東京のど真ん中での子育て事情・
 移動編(#車なし)」笑、
赤裸々に綴ってみようかと思います。


そもそも、カルチャーショックの発端は、
日頃の移動手段について
尋ねられたことでした。

私の実家のあたりは、
車移動が当たり前の生活なので、
もちろんその日もみんな車で来ています。

それで、何かの話からこう聞かれました。
「理美ってさ、普段子ども連れで、
 どうやって移動してるの?」と。

なので、「自転車だよー」と答えました。

そうしたら、
「え?ツグちゃんは?座れなくない?」
と聞かれるので、
「ん?抱っこ紐で抱っこかおんぶして乗るよ」
と答えると、
「ええええーーー!」と一同に驚かれてしまったわけです。

いやいや、それどころか、
日頃、後ろの座席にはもう一人子どもを乗せてるし、
むしろ、妊婦時代だって前後に子供乗せて
毎日自転車乗ってたよ、なんてことを伝えたら、
更なる驚きの声が。

正直、そこまで驚かれたことに、
私も驚きでした。(←臨月まで乗ってた人)

だって、この辺りでは、
抱っこ紐で抱っこしながら自転車に乗ってる人なんて、
ほんとのほんとに日常の風景。
「妊婦で自転車」についても
そこそこ普通に見かけます。

だから、それらのことも、
なんとなく普通のように思ってましたが、
よく考えてみれば、車社会なら、
そんな風にして自転車に乗る必要なんて
全っ然ないんですよね。
驚くわけだ。

そして、私の答えを聞いていた一人が言いました。

「あー!それでかあ!
 いやね、最近、東京から引っ越してきた人が幼稚園にいてね、
 その人が、まさに今の話みたいに
 赤ちゃん抱っこしながら自転車で送迎してくるから、
 めちゃめちゃパワフルやなーって思ってたんやけど、
 その人にとっては、それが普通なんやね?」と。

ええ、ええ、その通りでございます。
そのスタイルで、日々、街を走り、
ヒーヒーと坂を登ったりしているわけです。笑

(たぶん車のある家の人でも、
 都心は駐車場が満だったり狭かったり
 交通量が多かったりするので、
 自転車利用率が高いんじゃないかな…)

そして、そのスタイルは、
土地を変えれば、
どえらい肝っ玉母ちゃんスタイルなのだと
私も気付かされました。苦笑
カルチャーショック。


加えて、別の友人が、私に尋ねます。

「あれ・・?抱っこ紐で一人おんぶして、
 後ろの座席に一人乗せたら、あと一人はどうするの?
 前の座席?」と。

いい質問です。笑
我が家は子どもが3人なので、もう1人います。

どうするかと言うと、答えは・・・
「みは嬢が走る。」

そう答えたら、
驚きを超えて、爆笑されました。
「まじでーーー?!」と。

というのも、法律では、
おんぶ&1席利用の2人乗せは認められていますが、
おんぶ&2席利用の3人乗せは違反です。

それでもやってる人を見かけるけれど、
私は、法律以前に、
さすがにフラつくのが不安でやれてません。苦笑

・・・となると、
どうしてもみは嬢があぶれてしまうため、
もう走ってもらうしかないのです。

幸い、「みは走るね!」と走りたがりの娘なので、
「一人だけ渋々走らされてる」
という空気は流れずに済んでいますが、
きっと周りからは可哀想に見えることでしょう。苦笑

そんなみは嬢も1年生になり、
ようやく最近は、みは嬢が自分の自転車で
私の自転車と一緒に走る、という方法も
試し始めました。

ただ、それでも、
車輪の小さい子供用の自転車で、
必死に自転車こぎこぎして私についてくる姿に、
時折胸も痛みます。
ごめんよ、みは。


そしてそして。
その後にもう一つ、"いい質問"がありました。笑

「じゃあさ、雨の日はどうするん?」
と。

ああああ。そうです。そうなんです。
私が日々暮らしていく中で、
最も気になるのが天気。
天気が暮らしを左右します。

だって、雨だと、歩くしかなくなるから。
雨の外出や送迎なんて、
憂鬱以外の何物でもありません。

まだうまく傘を扱えないくせに、
傘をさすと言って聞かないキュンタロウを連れ、
ツグを抱っこしながら歩く道。
キュンタロウの傘が、度々周りに迷惑で、
歩道で頭を下げながら・・。

近距離でもこんな感じで一苦労なため、
公共の交通機関で移動が必要な用事なんて
雨だともう延期モノ。
延期にできない時は、
よほど早めに家を出ないとしんどい。


一度、こんなこともありました。

冬の冷たい雨が降る日の送迎で、
キュンタロウが何かにつまずいて、
靴が脱げてしまった。
しかも下り道だったので、
勢いでそのまま数歩進んでしまい
靴下がベチャベチャになってしまった。

キュンタロウ、足が冷たくて大泣きになり
抱っこ抱っこ!と訴えてきます。

でもね。
すでに一人抱っこしてるんですよ。
手には傘も持ってるんですよ。
だから、抱っこもできない。
歩いてもらうしかない。

それに、脱げた靴を履かせようにも、
傘をさしながらしゃがみこみ、
履かせる体制を取る、ということが、
ツグを抱っこしながらだと、
どうにも安定しない。
私が濡れるのはともかく、ツグが濡れるのは困る。
でも、キュンタロも大泣きなので、
抵抗されて、ますます上手くいかない。
でも履かせないことには、進むこともできない。
我ら一行が、他の歩行者の邪魔になり。
迫られる気持ちからイライラも重なり。
しまいにツグも泣き始める。

いやね。
白目ですよ。
思わず一瞬、天を仰ぎます。
神様、一体私はどうすれば・・・?!


・・・でも
どんなに考えても祈っても、
素敵な解決策が降ってくるわけもなく、
目の前の事態を投げ出せるわけでもなく、

なんとか強引に靴を履かせ、
絶賛不機嫌で泣き続けるキュンタロウに
どうにかこうにか歩いてもらって
グダグダで進むしかありませんでした。

大人の足だけなら5分強の距離。
タクシーに乗るほどでもなさすぎる距離。

その距離がどれだけ遠かったか。
家に辿り着く頃には、
ゲッソリと疲弊…でございます。


「車があったらなぁぁぁ〜」と
夢想ばかりする雨の日。
雨・・・キライ。
というか、正直憎むレベルなのです。


その他、
自転車送迎でリアルに汗の滴る真夏や、
冷たい風が母子ともに刺さりまくる真冬も
結構ツライものがあったり。


・・・とまあ、
愚痴っぽい話にもなってしまいましたが、苦笑

今回、あらためて
日頃の自分たちの姿を、
(1人走る娘とか、濡れた靴下で泣いて歩く息子とか、
 天を仰ぐ私とか、汗ポタポタの私とか、とかとかとか!)
脳みその中で客観的に思い浮かべ、
つくづく思ったことです。


娘、がんばっとる。
息子、がんばっとる。
私も、がんばっとる!!笑

ただ普通のことのような日常を
切り盛りしているだけでも、
十分がんばっとる!と。


いやね、もう、今回の実家帰省を経て、
「車生活がしたいよーーーー!」と
痛感です。

でも、この辺の駐車場の相場、
1ヶ月35,000〜40,000円とかするんですよね。
高すぎやろ・・。


・・というわけで、
引き続き、この東京砂漠を
自転車で走りぬくという耐久レースに
舞い戻ったワタクシでございました。

”砂漠”の日照りに
干涸らびて枯れぬよう、
ゆとりという名の水分補給、心がけねば。

心のオアシス、常時模索中です。

最近はキッチンで子ども達に隠れて
スイーツを食べるのが小さなオアシス。
バレないように、茶碗にスイーツ入れて食べたり。笑
遠目からだと「料理の味見」に見えるよう・・。
せこいなー私!

授乳してない時は、それがビールでした。
早くビール飲みたいわーー!

外でビール 
外でビール!
これぞ最大のオアシスーーー(切望)

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