「娘ちゃんのスコーピオン、どうだった?」
と、最近よく声をかけてもらいます。
先日のチアブログで、
大会を控える娘のゆらぎを書いたので、(→コレ
それがどうなったか気にかけていただき、
ありがたい限りです。
(ブログを読んでいただけたり、
そのことで感想をいただけたり、
声をかけてもらえたりするのが、
実は、照れつつもとても嬉しかったりします。)


というわけで、まず報告です。

スコーピオン。
2度の本番ともに、
一応スコーピオンをやることはできました!

ただ、娘も私も不完全燃焼。

本当は、曲に合わせて
3秒から4秒はキープしたいところ。

ですが、9/18のイベントでは、
1秒キープできたかな…、という具合。
9/24の大会では、
2〜3秒キープしたかな…という感じです。

なので、完璧に決めたった!! みたいな
晴れ晴れとした達成感には届かなくて、
口惜しい気持ちが正直あります。


でも、ま、それはいいんです。


数ヶ月前までできなかった目標が、
目に見えてできるようになり、
しかも、100%ではなくても、本番でもやり遂げた。
そこは娘の進歩としてきちんと認めて、
次につなげていけばいい。
本当にそう思っています。


ただ。


ただですね。


問題はそこじゃない。


先週のチアレッスン後、
久しぶりに、ぶち切れ大炎上を起こした私。
チアを習い始めて以来、
一番キレたんじゃないかな…、というくらい。苦笑
今日は、そのことを書こうと思います。


そもそもは、その前の週末の
大会当日のことです。
娘のチームは、選手席での観戦態度が良くなく、
大会中に先生にお説教をされるという
出来事がありました。

一年生が4人いて、しかも仲がいいばかりに、
逆に仲良しのお喋りばかりになってしまった、
というところでしょうか。

朝早くから夜までという拘束時間の長さと、
年齢を考えれば仕方ない側面もあるとはいえ、
こういうことを学ぶ良い機会でもあるので、
ビシッと先生が叱ってくださったことは
大変ありがたかったと思っています。

それで、その日は、演技の出来以前に、
何となく凹んだ帰り道となりました。


ただ、私も日頃から、
娘を筆頭に、チームに締まりがないのは
気になっていたのです。

一人一人が振りを覚えてきて、
それなりに合わせることもしている。
でも、なんというか、
気持ちの一体感に欠けるというか、
意識の面で仲良しの域を抜けないというか、
やるぞ!という気迫がどこか感じられない。


本番数日前のレッスンの時、
娘は名指しで先生にこう指摘されていました。
「やってやるぞという気持ちが伝わってこないよ!」
と。
まさにその通りだと思いました。

その数日前の、
別の先生が特別に来たレッスンでも、
「みはるは、もっと引っ張れるんじゃないの?」
と言われていました。


・・・
なんでだろう。

家で練習もしているし、
チアが大好きだと言っているし、
気づけば急に踊り出すくらい、体に染み付いているチア。

家や学校では、何かと仕切りたがりで、
お姉さんキャラの娘。

でも、チアに関しては、
昨年度からどうにも突き抜けられない
あのモヤっとした空気感があり・・。
かけ声を出すのも、どこか遠慮がちだし、
まずは声だと何度言っても、自発的な声にならない。

萎縮してる・・・?
自信が持ててない・・?
色々考えましたが、これまで
どうにも原因がピンと来ませんでした。


けれど、今回の大会を経て
一つ、思い当たったことがあったのです。


それは、娘の中にあるであろう
「まだ私は新人寄り」という感覚。


いや実際には、始めて丸2年以上が経っていて、
今のチームでは、歴の長い方から数えた方が早いし、
上下のチーム合わせても、
歴の長さでは真ん中くらいじゃないでしょうか。

なので、決して新人ではないんです。

でも、特に上のチームには、
娘より長く続けている子が多く、
そうなると当然、年齢も上の子が多いので、
娘の中で、まだまだ年少者気分が抜けないというか、
「付いていく」感が取れないというか、

とてもじゃないけれども、
自分が引っ張る、自分がしっかり立つ、
自分が率先して思い切り表現する、
みたいな意識ではなかったのじゃないかと思います。


今のチームを見ていると、
横並び、というか、お友達、というか、
お互いがお互いの空気に合わせて
なんとなく、ほよほよするチーム。
それぞれ、すごく頑張っているんだけど、
でも、誰が引っ張るわけでもない。

・・・確証はありませんでしたが、
「1つの原因はそこかも」と思いました。


それで、大会からの凹んだ帰り道、
娘と話してみたのです。


そうしたら、やっぱり。


自分はまだまだ新しい方で、
もっと長い子はいっぱいいる、と。
自分が引っ張るなんて考えたことなかった、と。


そこで、伝えたわけです。

あなたはもう決して新人じゃないこと、
特に今のチームでは、長い方から数えた方が早いこと。
引っ張るというのは急には難しくても、
少なくともあなたが、
新しい子に色々伝えてあげる立場だということ。
演技でも態度でもそれを見せていく立場だし、
一緒になって遊んでるだけじゃダメだよ、ということ。

そして、
まずできる一つのこととして、
日頃からレッスン中に、
きちんと声を出すことを話し合いました。
挨拶・カウントの声や、お互いへの掛け声。
上のチームを見ていても、
やっぱり声で空気が締まる気がして。

幸い、よく声を出してくれる子がいるので、
せめてその子が出してくれた時は、
すかさずそれに返すのだと約束しました。


そうして迎えた先週のレッスン。

大会の反省会も兼ねたレッスンで、
前半は、先生から反省点として厳しい声もあり、
そして、後半、
ウォームアップからレッスンに入ったのですが、

娘、どうにもテレッとしている・・・
反省会でも、どこか集中力なく時によそ見・・・
レッスンでも、全然声出してない・・・
(フツフツ…)

大会後に、しっかり話し合ったのに。
レッスンに来る前に、再度そのことを確認したのに。
さっき、先生から厳しい声もあったのに…!!!!
(グラグラ…)

そして最後まで、
大した声を出すこともなくレッスンを終え、
なんなら、お友達とのお菓子交換にすっ飛んで行き、
わたくし、頭の湯沸かし器が沸騰吹きこぼれです。


その帰り道・・・。


やる気はあるのか、
そもそも反省する気持ちがあるのか、
人の話を受け流してないか、と
娘にブチ切れ。

会話というのは本当にキャッチボールだから、
少なくとも受け止めてもらわないと会話にならない。
先生もママも、気持ちをこめて、思いを持って
一生懸命その言葉を投げてる。
それを目も見ずに、受け流すようならあまりにも失礼。
受け止めて、改善しようという気持ちがないなら、
もうやらなくていい!話にもならない!

それに、声はどうなのか。

「声を出すかどうか迷ってる内に
 曲が進んじゃった…」的な返しをされたけれど、
「迷ってる暇なんか1秒もない!!!!」と
再度ぶち切れ。

迷うってことは、
どこかでやらなくてもいい、って思ってるってこと。
やる、って決めているかどうかの違い。
やろうかな、どうしようかな、くらいの気持ちだから
できないのだ。
それじゃ、センターなんてつとまらない!!!!
私が先生なら即変更!明日変更!!!
・・・・
etc.

ちょうどドラマか!?ってくらいに雨も降ってきて、
自転車でずぶ濡れになりながら、
ぶち切れ続ける私。苦笑

言い過ぎだとわかっています。
自分もできてないことを求めすぎだとわかってます。
口を出しすぎかも、という気持ちもあるし、
本当は、もっと冷静に話し合った方が
よかったかもしれない。

でも、止められず。。
そして、この日に関しては、どこかで
これでいいのだという気がしていました。
こういう風に、なりふり構わず伝える日だって
あっていいはずと。(正当化かな…)


そして、帰宅後も怒りが収まらず、
絶賛不機嫌で夕飯を作っていたら、
娘がこれを持ってきました。

チア反省文 

この後には、
反省の気持ちが書かれた手紙が続いていました。

今まで「ごめんなさい」ばかり言って
何をすればいいかわかってなかった、と。

それで、改めて話しました。
声を出すこと。
すかさず迷わず、一番に出す気持ちで出すこと。
先生が話している時は、先生の目を見ること。
キャッチボールの気持ちを忘れないこと。

そして、その日からは、
家で練習をする時に、曲をかけつつ、
周りにメンバーがいると思って、
実際に掛け声を出しながら練習することにしました。
「笑顔!」「アーム強く!」「止める!」
「声出してー!」「ラスト!」etc.


そうしたら。

たかが声、されど声。

娘の表情や空気感が変わりました。
正直驚くほどに。
やっぱり、自分ができるだけじゃなく、
人に何かを伝えようという気持ちが、
突き抜けるカギだと感じています。

たとえ笑顔ひとつであっても、
「笑顔!」と周りに伝えるためには
自分ができているのは当たり前で、
さらに上や周りを見る意識になれるから。

柔軟も日々継続中。
夫は、娘の柔軟の姿勢を見て、
どんな体のつくりになってるのかさっぱり不思議で、
背中がぽきっと折れるのじゃないかと心配だそうです。
それくらい、柔軟性を増してきている娘。

ずぶ濡れになって炎上した甲斐もあり(笑)
新生みは嬢が見えてきました。
その芽吹きが少し嬉しい母。

次の大会は12月。
あと2ヶ月です!

次回こそ、新生みは嬢で、
内側から突き抜けてくれることを願い・・・、
突き抜けるどころか、突き破ってくれることを願い・・・笑、
私の方は破れかぶれではありますが、
サポートしていきたいと思う今日この頃なのでした。


娘、がんばろ!

9.24大会 
↑本番の日、チームメイトと。
でも本当に仲良し!

柔軟みは
↑この姿勢で止まれるという驚異


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夏休みの書けなすぎる日々を経て、
先日ようやく「ひとまずは!」と
キュンタロウ4歳のことを書いたので、(→コチラ

次は夏の旅行記か、
嵐の夏休みの顛末を書こうと思っていたのだけれど、
どうしても娘のチアのことを書きたくなりました。


今月の中下旬に、今年度初の
イベント出演と大会出場とをWで控え、
レッスンラッシュ、真っ只中です。

振り返れば、前回チア記録をここに書いたのは、
今年度の始めのコレでした。

スランプを脱しつつある状況と、
今年度への明るい決意を持つ娘の様子を書いたものです。
そして、その決意というのが、
↑のブログにも書いたけれど

---------------------
「このチームでセンターを目指すね!」
---------------------

というもの。

・・・
実は、娘は今、
この目標を達成しています。
今回の曲で、センターを務めるのです。

もちろん、娘も私も嬉しい。
「頑張ってきたことが繋がったね」と
その達成を噛みしめる気持ちもあります。

でも。

幼児クラスの頃に、センターをやることになり
手放しに喜んだあの時とは、全く違うんです。
娘も私も。


何が違うのか。

それは、その重み。(覚悟ともいうかな・・)
こうして言葉にすると、平凡すぎて、ありきたりすぎて、
自分の表現力の乏しさに今ガッカリなのだけれど、
でも、そうとしか言えない、その重み。

それを今、思いっきり味わっています。


実は、元々は、センターを逃していました。
別の子がセンターだったんです。
笑顔に天然の華がある。
小柄な身体にみなぎるパワーがある。
そんな子です。
当初、みは嬢も悔しかったと思います。
こっそり家で涙することもありました。
そんな娘の姿を見て、私も親としては悔しいけれど、
観客として眺めれば、それはもう納得のセンターでした。
キラキラ眩しくて、見ていて笑顔になれる。

でも、その子が、ちょっと不調なタイミングがあり、
ある日の練習で、
みは嬢のポジションとの交代を指示されたのです。

突如降ってきたセンター。

みは嬢、嬉しさの一方で、
目の前のその子の悔しさも伝わるのでしょう、
複雑な表情でした。
私も、突然のことに内心戸惑いました。


でも。
任された以上、やるしかありません。

そして、それからの日々の中で、
娘も、親の私も、
初めて肌で感じています。

カッコつけるようだけれど、
「センターをやるって、どういうことなのか」
ってことを。


センターとは。
当然ながら皆がやりたいポジションなんだ、ということ。
それを代表してやるのだ、ということ。

つまり、交代したその子にも、
その他のメンバーにも、
納得してもらえるように、
しっかり成果を示さねば、ということ。

大げさかもしれないけれど、
みんなの思いを乗せて前に立つのだということ。

・・・
今回、チェンジという形でセンターになったからこそ、
それらが余計に胸に迫って、
みは嬢とも、何度もこのことを話しました。
メソメソしそうになったら、
そこを言い聞かせて、踏ん張るように話しました。

単純に喜びだけだった幼児クラスの時とは、
そこのメンタルが、
全く違っている気がしています。

(こうして書くと、私、体育会系だなー。笑)


そして、その重みは、
漠然とした不安とも背中合わせです。

また交代だってありうる。
別に安泰じゃない。
それは本人が一番分かっているはず。

だから、頑張らなきゃ。

センターとは、こんな風に追われることなんだ、
というプレッシャーや不安の気持ちも、
今回娘にとって、初めての体験でした。

練習も、前に比べてよくするし、
当たり前だけどレッスンも休まない。

先日、旅行から帰ってきたその日が
レッスンだったのだけど、
まもなく自宅に帰り着く車から降りてレッスンに行きました。
そんなスケジュールにした私も悪いのだけど、
よく頑張ったと思います。

そうやって、
センターというポジションを務めようと、
一生懸命な娘です。


でも、どこかまだ受け止めきれてないんですよね。
その重み。

まだ1年生だし、
「不安」「プレッシャー」みたいな明確な言葉で、
そのざわつく感情を認識もできてないと思います。

側で見ていて、そう思う。

だって、もうね、笑顔が堅い!! 苦笑
振りも動きも、ほぼ完璧に覚えているけれど、
堂々たる感じが、もう一歩出てきません。


あとは、曲のラストに、
みは嬢が、昔から憧れている
スコーピオンという大技を一人やることになり、
それがまた、心配になっている様子。

寝た姿勢のスコーピオン 
(↑スコーピオンってこれです。
 少し前までは、こんな風に床に寝た姿勢でしか
 この体勢をキープできなかったのです。)

どうにかできるようになりたいと、
以前からずっと練習していた技。
やっと最近できるようになったその技を、
実際に振りに組み込んでもらえたことは正直嬉しい。
でも、それと同じくらい、無事にできるか不安。

スコーピオンできたの図 
(↑スコーピオンできた!という日)

センターにせよ、スコーピオンにせよ、
嬉しさと不安とが混在する、
まさに揺らぎの娘、という感じがしています。


だからこそ、
今度のWの本番で、
そこを乗り越えてほしいのです。

そうすればきっと、
今の揺らぎが自信に変わるはず。
きっと覚悟も腑に落ちる。
そうすればきっと、もう一伸びできるはず。
また一つ階段を登れるはず。

そう信じて、
私は、ただただ、それを願うばかり。


いや、もうね、願うしかないんです。笑

というのも、
みは嬢の成長に伴って、
できる技も広がってきて、
もはや私では全く真似できない動きの数々。

練習に付き合っても、
「こんな風に!」って伝えたいのに、
とても自分の身体では表現できない、という。汗

だから、できることは、
叱咤激励と、祈ることだけ。
ほんとにそう。


つい数日前も、眠りにつく前に娘が言いました。

「ママ、スコーピオン、失敗したらどうしよう…」と。
「先生が言ってたけど、代わりの技をやればいいのかな…?」と。

答えに迷いましたが、こう言いました。

「そうだね、失敗したら代わりの技をやろう、って
その時に備えておくのは大事だよね。
でもね。
失敗したら…ってことばかり考えるのはやめよう?
人間の脳みそってね、不思議な力があってね、
できない姿を想像すると、できない方向に働くの。
でも、できる姿を想像すると、できる方向に働くの。
だから、スコーピオンを想像するなら、
本番でバッチリ決めて、すんごく気持ちよくて最高!
ってところを想像しようよ。
そうすれば、そのイメージが力になるんだよ。
そのイメージが支えてくれるよ。
きっと大丈夫だよ。」と。

普段、叱咤激励と言っても、
ほぼ叱咤になっていることは私の反省ですが、
(なんなら、自主練にくじけそうな娘に
「やるの、やらないの?ママだって暇じゃないのよ!」とか
「泣いてうまくなるなら、ずっと泣いてたら?」
 くらいのことは余裕で言っている。。)

まー、たまにはいいことも言うんです。笑
なんて。


そんなこんなで、
私、娘と同様、どっぷりチアに浸かっております。

とはいえ、やるのは娘。私じゃない。
だからだから。

どうか娘が、
今の揺らぎを乗り越えられますように。
輝く笑顔と、不安を越えた自信とが
内側から湧き出てきますように。

繰り返しになりますが、とにかく祈るだけなのです。


あー、きっと、
娘が本番でスコーピオンをきめたら、
泣いてしまうなーーーー。


そんな私の泣き顔が見たい方は、
もとい、
みは嬢の勇姿を見てやるか!という方は、
ぜひイベントに応援しに来てください♡
(って、いきなり宣伝。笑)


9/18(祝)早稲田地球感謝祭。@早稲田大学
大会ではなく、一般に向けて
演技を披露する数少ない機会です。

そして、
9/24(日)はチアフェス東京大会 in 越谷!
東京大会なのに、今年は会場が埼玉。
朝早いのに遠い…。涙

2020東京オリンピックの影響で、
都内各所の体育館やホールが改装等で縮小営業などに入り始め、
スポーツイベントが予約しづらい状況になっているらしく、
この事態に…。
こんなところにもオリンピックの影響があるんですね。


というわけで、宣伝はさておき、
本番まであと約2週間!!!

この機会をくれた先生に、チームメイトに、神様に感謝して!
9月のレッスンラッシュに自主練に、がんばろ。
うん、がんばろー!

スコーピオン、everyday!yeah!

追伸:最近のレッスンラッシュの中で、
チアってチーム競技だな、ってことが
様々な場面で身にしみています。
演技外の場面でも、
沈むチームメイトを励ましたり、励まされたり、
初心者の子を皆でサポートしたり、たくさん話したり。
こうして少しずつ絆が強くなるんだと、
見ていて心を動かされることばかり。
親も含め、チームメイトに恵まれました。
そんな側面も、その内また書き残したいです。
「だめだ、夏休み、
全然ブログ書くような時間取れないわ…」
という状況にあったワタクシです。

3人の乳幼児が毎日家にいるって
なんという破壊力でしょうか。
常時キャパのコップが8〜9割は埋まってて、
ちょっとしたことであっという間に溢れ出し、
その溢れた水で自分がアップアップ・・・

とまあ、この点は書き出したらキリがないので(苦笑)
(できれば)後日触れるとして、
今日は、久しぶりのキュンタロウの成長記録を!


大変今更ではございますが、
先月、キュンタロウ、4歳になりました。

”キュンタロウ”…かあ。

いつまでキュンタロウと呼べるのだろう、と
最近思うこともあるのだけれど、
「我が子可愛さ」という贔屓目を差っ引いても
まだまだ十分に「キュンタロウ」という名が
お似合いの男児であります。
だってベビーフェイスだし。
喋り方が相変わらず緩いし。
手足が伸びてきたキュンタロウ、ってところかな。


そんな4歳のキュンタロウを語るのに
外せないキーワードは、

・平和主義
・女子要素
・ふてくされ

の3つ。
この3つをそれぞれ残しておこうと思います。


ではまず、第一の「平和主義」を。

キュンタロウさん、
あまり争いを好まない感じがあります。
負けず嫌い要素が低めというか、
物事への執着心が薄いというか。
感情の波も、比較的フラットで穏やかです。
もちろん子どもですから、
泣いたり怒ったりしますが、
いわゆる”激情”みたいな様子はほとんどありません。

(上の娘とは大違い!
みは嬢は「負けず嫌い」がそのまま
人間になったような性格なもので。笑)

例えば・・・

お友達と同じおもちゃに手を伸ばしたような時に、
「いーよー」とあっさり譲るとか、
(もちろんいつもじゃないけど、まあまあ見かける)

食後に出したフルーツが奇数だった時に、
競争意識丸出しの姉が「これ私の!」と
最後の一つに手を伸ばすと、
それを譲るのはもちろんのこと、
「これもあげようかー?」と言って
自分の残りまであげたりとか。

何かのノベルティで、
上2人それぞれにもらったプチタオルを、
姉が早速その日にどこかへ置き忘れて泣いていると
「これあげるー」と言って、
自分のを差し出したりとか。

そんな感じです。
…かと言って、
おっとり、とか、恥ずかしがり屋、とか、
気弱な感じ、とか、そういう風でもなく、
なんというか、あっさりニコニコ飄々としている。

あ、そうそう、
「戦いごっこ」的なことをしているところも
ほぼ見たことがありません。
戦隊モノのテレビは怖くて見られないし。
ちなみに、好きなテレビは、
ピタゴラスイッチ・デザインあ・ミミクリーズ、という
Eテレの中でもクリエイティブ(?)系。
あとは、ノージーのひらめき工房とか。
ほんとそればっかり見てる。
あとは鉄道モノと動物モノ。

そんななので、
先日キュンタロウを友人宅に預かってもらった後に
その友人と話をしていたら、
こんな話になり、2人で笑いました。

「キュンタロウがサッカーとかしたら、
 試合相手にボールを『どうぞー』って
 譲っちゃいそうだよね」
と。笑

例のプチタオルだって、
「姉が泣いているのが可哀想で、
 本当は自分が欲しいけど我慢してあげる」とかじゃない。
「お姉ちゃん欲しそうだし、それならあげちゃおう」
みたいな、そんなあっさり感。

親の私も目が点になることもあるし、
それでいいのか?!って気もしなくはないけれど、笑
なーーーんか平和。
そんな4歳児なのです。


さて、続いてのキーワードは「女子要素」。
やっぱりコレは姉がいる影響ですよね。
電車狂で、虫好き、という点だけは男児ですが、

それ以外で言えば、
色も、ピンクとか結構好きだし、
プリキュアやアイカツを姉と一緒に楽しむし、
姉の真似してアクセサリーつけたがるし、
ぬいぐるみも好きで、
抱っこしたりタオルに寝かせたり。
あと、お買い物ごっこやお家ごっこも好き。

この前は、お家ごっこで、
自分が「お姉さん」をやりたいと言ってました。
ん?お兄ちゃんじゃなくて?!

あとは、女子並によく喋る。
「なんだかずっと喋ってるね」って
言われることもあるくらいです。
みは嬢と2人盛り上がってると、もうピーチクパーチク。
なんか姉妹みたい。

でも、それでもキュンタロウを
「機関銃」みたいに感じないのは、
すごくマイルドな喋り方をするせいだと思うんです。
(例えるなら機関銃というより、壊れたおもちゃのラジオ)
エレベーターは、未だに「エベレーター」だし。
いわゆる「男の子」な感じの、
強めの口っぷりは今のところ皆無。

例えば、姉とケンカになり、何か強く言われて凹み、
「だって手が当たっちゃっただけなんだもん。(グスン)」
的な感じで、ションボリと私に訴えてくるわけですよ。
しかもそこで、涙がポロリと出たりするからズルい。笑
ついキュンタロウに甘くなってしまいます。

あーー将来「俺」とか言っちゃうのかなあ。
現在、女子要素が強いせいか、
本気で1mmも想像つかない母です。


そしてそして。
最後のキーワードは「ふてくされ」。
ここまで書いてきたように、
男児にしてはおそらく穏やかなキュンタロウですが、
さすがに4歳ともなると、
彼なりの反抗の術が出てきます。

それが、キュンタロウの場合「ふてくされ」。
例えば強めに怒られた時、
大泣きするとか、怒り返してくるとか、そんなんじゃなく、
ブスーとして、口尖らせて、
トコトコ別の部屋に行ってしまう、ってやつです。
「ママ、きらーい」とか、
「もうあっちに行くもん」とか言いながら。

か、かわいい・・。(え?ダメ?笑)

よほど私が煮えたぎってたり、
よほど良くないことをした時は、
それでも追いかけて怒ったりするのですが、
大抵は「また始まった」と心の中でクスッと。
結構あるんですよ、これがまた。

しかも、トコトコ行ってしまっても、
しばらく経つと、その部屋の扉をチラッと開けて、
そこからこちらを覗いたりしてる。

か、かわいい・・。

そして、しれーっと帰ってくるわけです。
私としては、そこで捕まえて、
「●●は危ないから、もうやらないで」とか言うと、
「うんわかったー!」と
カラリとしたお返事がきたりするから
むしろ救われます。
怒っても後味悪くなりにくい。

みは嬢とは、何かとあーだこーだ言い合いになり、
泥試合みたいになってしまったりして、
(私が大人気ない)
お互いにイヤーな感じが漂ってしまうし、
自己嫌悪も疲れも同時にドッとやってくるので、
もうほんとに違う。
やっぱ第二子(しかも男児)ってズルイ。

みは嬢は、第一子だし、女子だし。
これからどんどん難しくなるのかな。
私自身が第一子の女子なので、
みは嬢の立場も気持ちもわかる部分も多いんです。
それでも、つい厳しくなってしまう。
いつもいつも心配と反省は姉の方ばかり・・。

・・って話が逸れましたが!
とにかく、ふてくされてもかわいい4歳男児、
あだ名はまだまだ「キュンタロウ」でした。


実は最近のキュンタロウ氏、
グングン縦に伸びてるけれど、(ちょっと寂しい)
4歳の一年で、どんなキュンタロウになるのか・・。
どうかこれからも、もうしばらく
「キュンタロウ」でいてくれることを、
心から!願ってます。笑


さ、幼稚園の夏休みもあと1週間弱。
この自由人が幼稚園に行ってくれると、
私の出力も、随分省エネできるぞー!
早く始業式、来ないかな。


追伸:
キュン氏、そろそろ習い事の年齢だけれど、
こんな性質なもので、どんな習い事がいいか迷ってます。
クリエイティブで自由な感じを伸ばせて、
体を動かす要素もある、
みたいな習い事ありませんか?笑

キュンタロウらしい夏の一枚
↑夏の公園にて
なんだかキュンタロウっぽい1枚。
アチコチ走り回って疲れたらしく、この状態です。
「ママも来たら〜?気持ちいいよ〜」と言ってます。

キュンタロウ4歳お誕生日ご飯 
↑キュンタロウの誕生日ご飯。
「お星様の乗ったカレーライスと
 ポテトと、
 ブロッコリーと、
 トマトとキャベツだけのサラダ」
というリクエストに応えて。
「トマトとキャベツだけだよ、だけ!
 わかった?」と念を押されました。笑
何という手のかからないリクエスト。
日一日とツグ氏が大きくなってゆきます。
つい1週間ほど前に、6ヶ月を迎えたツグ。

あーついに、ハーフバースデーなるものを
祝うことは、3人ともになかったな。
”大人の事情で作り上げられたイベント感”に
馴染めない、ひねくれた私。笑

あと、第一子の時には、
「ついに半年まで来た!」と嬉しかった6ヶ月も、
第三子ともなると、
「もう赤ちゃんの半分が終わってしまった…」と
誇張抜きに寂しくて、
もはや祝うというより切なさが勝る状態。

身体も表情も空気も…何もかもが柔らかい
赤子特有のこの状態でずっといてもらえないものかと、
心から思っている今なのです。

そんな私ですから、
あらためて言うまでもなく、
ツグは、ただただ可愛い。
泣いても、夜中の授乳があっても、ただ可愛い。
それは、本当の本当に本音です。


ただ、今でこそこうですが、
ツグを妊娠した時は手放しに喜べず、
不安と戸惑いと罪悪感とで、視界が暗かった私。
その時のことは、ブログにも思い切って書きました。

でも、妊娠を徐々に徐々に受け入れていく中で、
それこそ多くの人にかけてもらったのが
こんな言葉です。

「心配いらないよ、孫のように可愛いから!」
「大丈夫よ、三番目はもはや孫って言うじゃない。」etc.

それらの言葉は、大きな安心材料として、
私を支えてくれましたが、

その一方で、
「第三子は孫のよう」という言葉が
もはや慣用句化している気もしていて、
ある種、決まり文句のようなものかなぁという気持ちも
正直どこかにあったのです。
「病気だ」と言えば「お大事に」と反射的に言うような…。


そして、まさに「第三子」を目の前にした今、
その真相を個人的に表してみるならば、

「確かに孫かもしれない・・」
という感覚がしています。


ま、極端な話、
まだ孫は持ったことないわけで、笑
孫を持つ人の気持ちは推測しかできませんが、

孫という存在の可愛さがどこから来るのかを
私なりに想像すると、

--------------
自分に直接の責任はないけれど、
血は繋がっていて、しかも、
過ぎ去った子育ての尊さや幸せを思い起こさせてくれる
---------------

というところに
その可愛さの源があるのかな、と思うんです。


・・・だとすれば、
確かに、ツグに当てはまる・・。

ま、”直接の責任”は私や夫にありますが(苦笑)、
でも、
「過ぎ去った子育ての尊さや幸せを思い起こさせてくれる」
・・・この点においては、
まさにその通り。


いや、私は子育ての渦中も渦中にいて、笑
まったくもって”過ぎ去っ”てはいないけれど、

過去、上2人が赤ちゃんだった頃には、
ゆっくり味わう余裕もなかったような
(或いは、それが貴重だと知る由もなかったような)
そんな、小さな小さな赤ちゃんらしさの数々に、
今、度々ふわーと包まれております。


例えば、おっぱいを飲み終わって
満腹で眠りについた時の、
ぶしゅーとつぶれたような唇の形とか、

寝るか寝ないかの瀬戸際にいる時の
白目のような状態とか、

嬉しそうに興奮している時の、
「ハウッ、フグッ、ハウッ」という短い呼吸&
ばたつく手足とか、

抱っこをすれば、体重も頬も柔らかなこぶしも、
全てをクタッと預けてくる感じとか、

歯のない笑顔の口元とか・・・。

挙げればキリはありません。

しまいに私は、
授乳期特有のあの甘酸っぱい「大」の匂いが、
むしろ良い香りに思えてきて、笑
敢えて嗅ぎたいとすら思っているほど。(重症)


思えば、一人目の時は、
とにかく全てが初めてで気負いもあり、
「可愛い」のは間違いないにせよ、
どこか切迫した必死さと背中合わせでした。

良いことにも不安なことにも、
その両方に、とても敏感な必死さ。
もちろん、その感性だったからこそ感じられた
子育ての醍醐味も必ずあったと思ってます。

でも、今のツグに対する心持ちや可愛さと、
一番上の娘が赤ちゃんだった頃の心持ちや可愛さは
全く別物な気がするのです。


そして、二番目が赤ちゃんの頃。
こちらは、一人目の時と違って、
経験者であるという、心強さがありました。
だから、二番目に対しては、
↑で例に挙げたような可愛さを、
それなりに感じていたと思うんです。

ただ、今と何が違うかというと、
子どもが1→2に増えたという新ステージに
とにかくてんやわんやだったこと。

赤子に十分に構えないもどかしさ、
上の子に優しくしたいのにできない自己嫌悪、
2人の子どもが常に自分にベクトルを向けてくるため、
優先順位が混乱しっぱなしで、
いつもいつも、いっぱいいっぱい。

だから、二番目に癒されつつも、
「このキャパオーバーな感じがいつまで続くのか」と
長いトンネルのような気持ちも共存していました。
夫との諍いも増え、イライラも徒労感も倍増。

そんな境遇の中で、やはり、
今ほどの赤子堪能はできなかったように思うのです。


そして今。

子どもが2→3に増えたのは新ステージではありますが、
1→2のテンパリ度に比べたら、
おや…?なんだかだいぶ軽い…?
「2人も3人も一緒よー!」と言っていた人の気持ちが、
ほんのりわかる気がするほどです。
いや、ほんのりですよ、ほんのり。
決して一緒ではありません(笑)。

まぁ考えてみれば、赤ちゃんも初めてではなく、
子どもが複数という状態も初めてではなく、
更に、一番上はそれなりに年齢が上がっているので
だいぶ手が離れてきていて、
しかも、1と2が一緒に遊ぶことも多いことから、
子ども達のベクトルが自分に常時集中するわけでもない。

もちろん、3人ゆえ、
単純に手が足りない、とか、物理的にどうしようもない、
という白目な事態は今の方が多いし、
イライラもMAXだったりするのだけど、

でも、あの「長いトンネル感」が薄い。

「何とかなることがなんとなくわかっている」
ということが、これほどに自分を支えるとは
思いませんでした。

子育てにおける一番の不安やストレスの素は、
先が読めないこと、自分にとっての先例がないこと、
じゃないかと思うんです。
そういう意味では、
1→2より、2→3の方がメンタルはずっと楽かもしれない。


つまり、そんな今だからこそ、
「赤ちゃん」という存在の貴重さと可愛さが
日々、胸に沁み渡ります。

「赤ちゃんって、こんなに可愛かったんだな…」

それは確かに知っていたはずのことだったのに、
私が知っていた以上の比重で、
本能に迫ってくる感覚がするのです。

可愛くて仕方がない・・。


もちろん、この可愛さは、
上で書いたような、
心のゆとりだけから来るものではなく、

物理的に日頃あまり構えないという罪悪感が
更に可愛さを倍増させていたり、

ツグ本人が、3番目ゆえなのか、
あまり神経質な気質ではなく、
どっしりとにこやかな質だからこそでもあったり、
(赤子界の神対応、と思うこともある)

何より私が、人に頼る術や
「もうこれは仕方ない」と手放す術、
「まーいいじゃん!」と自分を甘やかす術を
以前より学んだという事情もあったり、

そんな諸々の複合的な背景により、
「可愛くて仕方ない」ということではありますが、

--------------------
「第三子は孫のよう」とは本当か?
--------------------
という問いに、一旦答えを出すとするならば。

今のところ「孫のよう」と言えそうです。


あくまでも「今のところ」というのが
ミソですけれども。苦笑


その内、どんどん動くようになり、
姉兄に早くから鍛えられて、
やんちゃ全盛になった日には、
このブログを撤回したくなるかもしれません。
「あの日の無知な発言を撤回します!」と。
(現に友人にそんな経験をした子がいる。笑)

でも、今、この瞬間には、
間違いなくこんな風に君を思っているよ、という
この今の私の心持ちを、
こうして残しておければ、と思って
このブログを書きました。


そして、これを書いている間も、
私の横でバウンサーを自ら足で動かしながら、
ニコニコ揺れて眠そうなツグ。

五月の午後の陽だまりの中。
ああ、なんて柔らかな光景なんだろう。

・・・・
ツグ、いつもごめんね。
ありがとう。
不安もまだまだあるけれど、
君が生まれてきてくれて良かったと、
母は今、確かに思っています。

満腹で眠ったツグ 
↑飲み終えて満腹で眠ったツグ

toiletのベビーチェアのツグ 
↑toiletのベビーチェアに
初めて座らせたら嬉しそうの図
やっと書きます、チアの話。

遡ってみると前回チアの話を書いたのは、
約7ヶ月も前のコレ↓でした。

『I'm proud of you!!
〜チア・再び最後列からの挑戦〜』

年長のみは嬢が、
一足早く小学生クラスに上がった時の話。

1mmも迷うことなく上を向く決断をした娘を
誇りに思ったものですが、
上がってからの半年、
やはり、娘にとってはどこかスランプのような
半年だったように思います。


あどけない可愛さも
半分?は認められていた幼児クラスと違って、
急にちゃんとしたチアのスキルを
身につける必要に迫られた小学生クラス。

毎週のレッスンでも、
柔軟や体幹のストレッチが
半分以上を占めることも多々だったため、
それだけでスタミナ切れし、
集中力も途切れ、レッスン後半には
笑顔が消えることも多くありました。

加えてフォーメーションの移動も
少し難しくなったり。
踊りながら、斜めに2列の整列を作り、
その2列の前後が曲に合わせて入れ替わる、
・・・などなど。

全体像を把握できていないと、
自分がどう動けば正解なのかわからないのです。
でも、全体像を俯瞰的に(鳥の目で)把握する、
というのが、まだなかなか難しい。

更に、幼児クラスの頃までは
こまめにサポートできていた私も
妊娠後期&出産直後の期間で、
レッスンに付き添えないこともあり、
細かなフォローの難しかった半年でもありました。

大会前などは、レッスンも厳しくなり、
怒られながら、体で覚え、感覚で覚え、
何とかついていっている様子・・・。


幼児クラスの頃の
「ただただ楽しくて、少しずつ上手くなって、
 センターもやれて、ご満悦!」
だった立場から一転、

単に楽しいだけじゃない、
うまくいかない、
レッスンきつい!、
自信が持てない…、
つい萎縮してしまう、
そんな感覚を味わった半年だったろうと思います。


時折レッスンに付き添うと、
どうにも自信なさげな娘の姿が、
私も歯がゆくて。

家で何気なく踊っている時の、
ハツラツとした雰囲気を
レッスンでも取り戻してほしくて。


それで、いろんな言葉をかけました。
いろんな働きかけをしました。

自信が持てるよう、
できてる部分を伝えてみたり、
練習や柔軟を促してみたり、
フォーメーションを図にして見せてみたり。

でも、つい強く言ってしまうことで、
かえって自信を削いでしまうことも多く、
私も反省の多い半年でした。

小学生クラスになって以降
2度の大きな大会に出ましたが、
やはり、あの幼児クラスの時の
光輝くような気迫には及ばず・・・。

もちろん、本人なりに、
すごく大会を楽しんでいましたし、
本当によく頑張ったことは間違いないのです。

ただ、どこか突き抜けられない様子に見えた
娘なのでした。



でも、そんな娘も、
新年度になって、ようやくようやく
一皮向けたような気がしています。

思うにキッカケは3つ。


まず1つ目は、昨年度の締めくくりとして
春休みに行われたチームの発表会。

本格的な大会出場と違って、
チーム独自のカジュアルな発表会なので、
今回初めて、幼稚園の仲良しのお友達を誘ったのです。

大事なお友達に見てもらえる、
というのが、すごく励みになったのか、
踊る楽しさを少し取り戻せたように見えました。

よく考えれば、チアって「応援」なんだから、
顔の浮かぶ誰かのために踊れたら、
それって踊る側の力にもなりますよね。
来てくれたお友達に感謝です。


2つ目は、チームが新体制になったこと。
選抜クラスに上がるメンバーが抜けたり、
幼児クラスから小学生クラスに上がってきたり、
新しく加入してきた子がいたり、と
メンバーも一新!
みは嬢の気持ちも、春らしく入れ替わったようで、
「このチームでセンターを目指すね!」と
具体的に目標を持てた様子。
その眼差しにキラキラするものが見えて、
私も嬉しくなりました。


そして3つ目は、
先月、チームメイトと一緒に見に行った
映画『チア☆ダン』。
福井県の普通の高校のチアダンス部が、
全米制覇を成し遂げた実話を映画化したものです。

いやー、チアをやらせている親としては、
涙なしには見られなかった。笑
親同士が号泣。みは嬢とお友達は
「ママ達泣いてる〜!」と笑ってましたが、
それでも、胸に響くものがあったようでした。

ちなみに、映画の中で、
「とんでもない場所にたどり着くには、
 日々の積み重ねしかない!」
みたいなセリフがあったので、
これはいい機会!と、少し話を広げてみた私。

「日々の積み重ねが、どんなにすごいかわかる?」
ってことを。


「例えば、1日にたった1分でも柔軟をしたとして
それが1ヶ月経ったら30分じゃない?
じゃあ1年経ったら?」

「365分!」

「そうそう。じゃあ、365分って、
 どれくらいの時間だと思う?
 ・・・だいたい6時間なのよ。6時間ってね、
 今日の映画を3回続けて見る間、
 ずーーーっと柔軟してるって感じ。笑」

「そんなのむりー!笑」

「だよねえ。でも1日1分に分ければ
 簡単にできそうじゃん?
 じゃあ、1日5分ならどうなるかというと…(電卓計算w)
 1年で1825分だって!!
 てことは、30時間分の柔軟になるって。
 丸一日以上、寝ずに柔軟しまくり!」

「何それー!笑」

「そうなのよ。たった5分だけでも毎日やった人と、
 やらなかった人では、1年後に
 そんだけ違ってくるのよ。
 もし1日10分なら、60時間分!」

「すごすぎ。苦笑」

「そうなのそうなの。
 それが日々の積み重ね!すごくない?」

「そっか・・・
 じゃあ、みはがんばろっかな。(しめしめ)」

みたいなやり取り。
(もはや誘導尋問。笑)

自分が35年生きてきて
全くできてないこと(=日々の積み重ね)を、
偉そうに子供に求める典型例ですね。苦笑


そして、今や「日々の積み重ね」は
まるで暗号化し、私と娘の合言葉になっています。

私「とんでもない場所にたどり着くにはー?!」
みは「ヒビノツミカサネ!!」

みたいな。笑


そんなわけで、
あの『チア☆ダン』の日以来、
本当に、ほぼ毎日、柔軟をするみは嬢です。
眠くてグズグズ言いながらでも、
GWの最中でも。

映画の広瀬すずを真似して、
壁に向かって足を上げ、
その高さのところに
マスキングテープを貼ったりしながら。


こうして、
ようやくスランプ?を脱しつつあるみは嬢。
レッスンでも笑顔が見られるようになりました。


思えば、あのスランプの時期にも、
「チアは辞めない。何が何でも続けたい。」
と言っていた娘。

このまま娘が、
その気持ちを持ち続けられたら…。
いつかとんでもない場所にたどり着かないかなあ…!
なんて、”言うは易し”な夢を
見させてもらっている母であります。


・・・とまあ、そんな皮算用はさておいて!
千里の道も一歩から。

まずはこの一年、
娘が伸びやかに晴れやかに踊れますように。
そう願うチアの日々です。


そして、私も娘を見習い、
家事も仕事も子育ても。
”ヒビノツミカサネ”、頑張らねば…(願望)!

みはチア_2017.02大会 
↑2月の大会のみは嬢

壁のマスキングテープ 
↑壁に貼り付けられていく
マスキングテープ

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