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LIFE is Rafting !!

いつか振り返ればきっと一瞬であろう、まるで”おとぎ話”な怒涛の子育て記録。

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娘の卒園に寄せて

 19, 2017 15:29
3/17、娘が幼稚園を卒園しました。

4月からついに小学1年生に・・!
未だに、全く実感がわきません。

次の子の入園が、もう4月に控えているので、
幼稚園との惜別の気持ちがあまりなく、
気楽な気持ちだった私も、
卒園数日前、娘がめいっぱい園庭で駆け回る姿を見て、

「ああ、この子が、こんなにも存分に、
 我が物顔で、思いっきりここで遊べるのも
 あと数日か…」と感じて以来、
寂しさが募った最後の数日でした。


今日は、そんな愛すべき幼稚園のことを
書きたいと思います。

3年半ほど前、
私が、幼稚園見学で園長先生の話を聞き、
「ここだ!」と惚れ込んだ園のことを。


娘の通っていた幼稚園。

自由保育で、土の園庭があり、
とにかく、遊んで遊んで遊ぶ。
木にも登れば、ビオトープの池にも落ちる。
動物がいて、たくさんの木々や草花があり。

都心で決して広くはありませんが、
それでも、自然に恵まれた園でした。

尊敬してやまない園長先生の方針は
「自分で考え、自分で決めて、自分で動ける子に」
「キリスト教の精神をもとに、
 信じる心や愛情を大切にできる子に」
というものだったと思います。

その方針の通り、
子どもに細かい指示があることはなく、
子どもへの深い信頼と愛情を持って、
保育をしてもらいました。

その日、何をして過ごすのか、
上下の学年や先生含め、誰と過ごすのか、
全て自由。

毎日の朝・帰りの集まりと、お弁当TIMEと、
行事や礼拝などで皆で共にする時間以外は、
本当に本当に全て自由。

当初、私も、ここまで自由とは…、
ここまで子どもに委ねるとは…、と驚きました。


例えば、全員が取り組むような
母の日の製作のようなことでさえも、
皆で一緒に作りましょう!とはなりません。
先生が作ることを皆に伝えた後は、
期日までの間に、いつ作ってもいい。
誰と作ってもいい。協力しあってもいい。
作りたいタイミングで作る。
もちろん、期日が迫って慌てて作る子もいます。
でも、それも立派な個性。
そんな園でした。

自由だからこそ、
ただひたすら泥団子に打ち込む、みたいな子もいます。
日々、徐々に徐々に
クオリティが高くなっていく泥団子。
そこには、幾多の失敗と工夫と改良が
あったことでしょう。
たかが泥団子、されど泥団子。
それを目の当たりにしました。


もう一つ、例えば。
(年少の時、保護者会で聞いた話を。)
帰りの集まりで、なかなか静かにならない、
という状況の時。
先生が「ほら、みんな静かにして!』と
声をかけるのは簡単です。
でも、先生はそうしませんでした。
静かになるのを待ち、
少し静かになったところで、
皆にこう問います。
「集まりの時は、大事なお話もあるから
 静かにお話を聞けるようにしたいんだけど、
 どうしたらいいと思う?」と。
子供達は、考えて答えます。
「静かにする!」(→そのままやん!笑)
「お喋りしてる子がいたら教えてあげる。」
「お祈りする。」etc.

その翌日から、実際にそんな動きが
子ども達に見られたそうです。
もちろん、年少さんですから、
すぐに完璧にとは行きません。
でも、それを覚えている子が少数いて、
周りに教えてあげる。
それを聞いて「あ!」と思う子がいる。
そんなやりとりすら、私には貴重に思えました。


さらにもう一つの例えば。
これは、年長の保護者会で聞いた話です。
運動会シーズンのこと。
運動会でのクラス対抗全員リレーは、
年長の最大のイベントの一つでもあります。
どんな順番で走るか、どんな練習をするか、等々
その作戦を全て子ども達が決めるのです。
先生は、話し合いに同席し、
なるだけスムーズな話し合いの手助けをするだけ。
どんなに滑稽な作戦であっても、
どんなに調子に乗った策であっても、
否定をしません。

こんなことがありました。
「とりあえず身長順!」
当初、それでうちのクラスは勝っていたので、
「もう大丈夫!作戦なんていらないぜ!」
という余裕の雰囲気になったり。

そして、そんな余裕をぶっこいていたら、
ある日を境に負けるようになってしまった。
(要は、隣のクラスが、策を練って功を奏した)
それでも、余裕を気取りたい子達と、
「本当は、作戦がいるんじゃないか」と思う子達とが
混在する我がクラス。
負けが続くので、クラスの雰囲気も悪くなり…。

でも、「作戦を立てた方がいいんじゃない?」
と先生が音頭をとることはありません。

そうすると、自然と、勇気を持って
それを言い出す子が出てくるのです。
そして、話し合いが始まります。
そうして出た策の数々。
バトンの渡し方の話とか、
毎日帰り道は走って帰ろう!、とか、
速い人と遅い人を織り混ぜるとか、色々。

傑作だったのは、
「タロウ(隣組の足の速い男児/仮名)に
 どうやったら速く走れるか聞きに行く!」
というもの。

女子が依頼の手紙をしたため、
本当に数人が聞きに行ったら、
「教えたら負けるから教えない!」とアッサリ返され、
すごすごと戻る、我が組代表団。
「教えてもらえなかった・・」と。笑

そんなことが、リアルに起こる園なわけです。

きっと先生からすれば、
突っ込みどころも満載だし、
やってもそんなに効果がないと見通せる策も
多々あったことでしょう。

でも、失敗させてくれる。
子ども達の考えと、行動と、結果を待ち、
見守ってくれる。
そんな園でした。


親では、こうはなかなか行きません。
(少なくとも私は。)
どうしたって、口出ししてしまいます。
「それより、こうしたらいいんじゃない?」
「それはズルくない?」
「そんなことしても、意味ないじゃん!」
なんて・・。

どうしても、早道で成功を経験させたくなる。
どうしても、失敗を避けさせたくなる。
どうしても、常時正しくいてほしくなる。
だから、待つことができず、
子どもの気づく力を信じきれずに、
口出ししてしまう。

あとは、現実的なところでは、
そんなゆっくり待ってられない、
みたいな事情もあったり・・。苦笑

だから、私には、幼稚園の存在が、
本当に本当にありがたいものでした。

子どもの力を
ここまで信じてくれる園。

娘ののびのびとした可能性や
キラキラとした笑顔を引き出し、
やりたいことを存分にやらせてもらい、
失敗も成功も含め味わわせてもらい、
友達や先生や神様の存在の大切さを、
身を以て感じさせてくれた園。

そんな幼稚園に、
感謝してもしきれません。

私が、あの見学の日に惚れ込んだ
あの直感は間違っていなかった、と
在園中、何度も何度も思いました。


たしかに、お勉強はしなかった!笑
胸を張れるほどに。

でも、間違いなく、生きる力が、
自然や周囲の人への愛情が、
自分への自信が、
太く我が子にに育まれたと、
心から信じています。


そんな娘の幼稚園生活。
もうあの園へ娘が通わないことが、
正直残念で、寂しい。

でも、園で培ってもらったこの生きる力を
娘がこの先、存分に発揮していくことこそ、
幼稚園への最大の恩返しかもしれません。

どうか、娘のこれからの人生が、
太くしなやかで伸びやかなものでありますように。

私が、その芽をしぼませぬよう、
支えていけますように。(ここが難問)

その想いをあらたにした卒園の日でした。

そんな愛すべきM幼稚園。
3年間、本当にありがとうございました!

(そして、4月より
キュンタロウを宜しくお願いします。笑)

みは卒園 

卒園児たち 
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